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2011年8月13日(曇)

北海道の山に登ることにしたが、問題は今まで飛行機に乗ったことがない。高校の修学旅行で北海道に行ってるから多分その時に乗ってるはずだが、全く記憶にない。旅行自体の記憶もほとんどないし、楽しかったのかどうかすら覚えてない。だから、自分にとっては今回初めて飛行機に乗るのと同じだ。以下、忘却防止用のメモとして詳細に記しておく。

6月上旬、何をすればいいかわからないので取りあえず旅行会社(knt)に行って相談する。丁寧に説明してくれてその場で予約を入れてもらえた。

 行き 8月13日 ANA771便 大阪空港 8:45 〜 新千歳空港 10:45  31900円 (11600円割引)
 帰り 8月19日 ANA1794便 旭川空港 16:25 〜 関西空港 18:45  26000円 (21900円割引)
 手数料 525円

お盆の時期なのに、先行予約によりなんと割引があるらしい。予備日を2日設定して、帰りは8月19日にしておいた。2ヶ月前の6月19日以降にチケットを取りに来て下さいとの事。

仕事が忙しく、そのまますっかり忘れていて、8月になってから思い出してチケットを取りに行く。渡されたのはバーコードの書いた紙のようなもの。これがチケット?

8月13日、余裕をもって7:30に大阪空港着。案の定、空港へ着いたがどこで何をすればいいのか全く分からない。とりあえずうろうろと不審な動きをしていると係員の方から声を掛けてきてくれる。「成田経由ですか」「国際線ですか」「全日空ですか」という質問にすら答えられず、いちいちチケットを見てもらった。そして誘導されるままチケットのバーコードをかざし、荷物チェックを受ける。バーコードはいつのまにか3枚になっていた。自転車は何とかサイズ(3辺203p)をクリアした。次にザックを預けようとすると自転車との合計が20kgを超えて手荷物料金が課せられるため機内持込にした方がいいと言われ、別の場所へ誘導される。ところがそこでは機内持込できるサイズ(3辺115p)をオーバーしていると言われ、はじかれてしまう。が、そこにエライさんが出てきて融通をきかして通してもらう。ところがその後の手荷物検査でひっかかり、燃料のガスカートリッジを没収されてしまう。突然の出来事に呆然とする。燃料を持ち込めないことなど全く知らなかったがもはや手遅れで、時間に追われるように搭乗、新千歳空港に着く。

新千歳空港で自転車を受け取るとすぐ、JRに乗り換えなければならない。そして冷房の全く効いていない超満員の特急列車自由席デッキに詰め込まれ、無心で1時間40分耐えた後、JR新得駅に着いた。その後すぐ、トムラウシ温泉行の路線バスに乗る。携帯でネットもできないし(しかもsoftbankなのでほとんど圏外)、予約したトムラウシ温泉(東大雪荘)の電話番号すら控えていないし、乗り換え時間の余裕もなく、この間何もなすすべがなかった。

夕方、トムラウシ温泉に到着。真っ先に店内の売店を見るが土産物しかなく、施設内は一般温泉客だらけで登山者の姿もない。山から降りてきた人から余った燃料を分けてもらうという手段も消えてしまった。ガスがないと食糧が作れないだけでなく、北海道の水は煮沸しなければ飲めないことから飲み水すら確保できないことになる。しかし、感染する確率はかなり低いだろうし気にしないで飲むことだ。食糧もα米は水で戻せるし、カップ麺は生で齧ればいい。そのように考えて諦めきっていたところ、フロントの店員の方から逆に声をかけられ、「もしかしてガスカートリッジを探してますか。登山を終えたお客さんが余った燃料を飛行機に乗せられないので部屋に置いていってしまうんです。タダで持って行って下さい」との事。なんというツキであろうか。そしてプリムスが山ほど入ったダンボールを持って来た。店員は10個ほど持って行ってくれれば助かると言っていたが、ザックに入らないのでとりあえず3個貰うことにした。

以上、長文終わり。


●2011年8月14日(曇のち雨)

6時前頃にトムラウシ温泉を出発した。ここへ来るまでの林道も未舗装であったが、さらに未舗装林道を奥に進んで終点までいけばトムラウシへの短縮コース登山口がある。

← 林道はこんな感じ。ほとんど車は通らないので走りやすい。キツネを一匹見る。

やがて1時間強ほどで終点に着く。車が数台停まっており、入林届のポストが置いてあった。

お盆のこの時期でありながら、あまり人と会うことはなかった。曇っていて展望も今ひとつだ。しかし登山道は傾斜がなだらかで道幅も広くて歩きやすい。普段、滋賀県の藪山ばかり登っていると余計にそう感じる。さすがは百名山。だが、縦走路はこうはいかないだろう。

心配していたコマドリ沢の渡渉も、右の写真の通り全く問題なかった。というか、ここ数日雨が降っていないために全く水が流れておらず、乾ききっていた。水は毎朝3リットル運ぶことにしているので、行動中に補給する必要はない。

コマドリ沢を渡ってからは高山植物が目につく。しかし既に最盛期を過ぎているようで、ぽつぽつとしか咲いていない。この山ではもう夏は終わっていて、あとひと月もすれば雪が降って冬に入るというから無理もない。


コマドリ沢〜南沼までに見かけた花
シナノキンバイ カラマツソウ トカチフウロ イワブクロ
チングルマ エゾコザクラ エゾツツジ イワギキョウ

そして前トム平という場所に出た。標高は1700mほどだが森林限界が近く、ずいぶん開けている。今までずっと樹林の中をスズメバチにつきまとわれていたが、ここでやっと解放される。

ところが今度は風が強くてシャツ一枚ではとても寒い。ここで合羽を着ることにした。5年使っていた合羽がくたばってきたので、新品の合羽である。

この先はなだらかな道を行く。

途中で軽い感じの岩礫地帯があり、反対側からやってくる集団とすれ違う。ヒサゴ沼から出発したらしく、午後に天気が崩れそうなので急いで下るとの事。

この他にも数名のパーティーとすれ違った。心配していた水場について聞いてみたが、どこの水場も涸れてはいないということで少し安心した。(地図には8月中旬で水場が涸れることあり、と書いてあったので)

トムラウシ公園と呼ばれる箱庭のような場所を整備された登山道で横切っていく。窪地に沈む沼、大小の奇岩と低灌木と残雪がコントラストを描き、優れた景観を作っている。高山植物があまり見れなくても、十分満足できる。

目の前にシマリスが現れたが、写真を撮ろうとすると一瞬で逃げていった。野生のリスを見るのは初めてだ。

午後1時頃に幕営地の南沼に到着。既に3つほどテントが張ってあり、自分も適当な所にテントを張る。テント泊はまだ3回目である。

張り終えた後、突然雨が降り出した。テントの中で待機していたが雨は強くなる一方で一向に弱まらず、雨具を着けて水を汲みに出る。コッヘルでは1回に1リットル弱しか汲むことができず、複数回往復しなければならない。しかもテントに入る際にコッヘルを倒してしまい、テントの中が水浸しになる。水汲み用の容器を持参すべきだった。

そして夜中は雷雨となり、台風のような風が吹き荒れた。その上、荷物軽量化のために防寒着類を一切持ってきておらず(ザックに入り切らなかったので割愛した)、寒さであまり寝付けなかった。シュラフも市販されてる中で最も薄いものだった。テント泊縦走するには55リットルのザックは小さすぎるようだ。

ほぼ30分おき位に目が覚める。朝方は、テントの中でストーブを焚いて寒さを凌ぐ。



●2011年8月15日(曇のち雨)

6時前、テントの撤収にかかる。雨はかなり弱まっていたが増水が著しく、昨日道だったところが川になって流れていた。

ここからトムラウシの山頂へは一登りである。黄色いペンキに従ってゴツゴツの岩場を乗り越えて行くと、トムラウシ山頂に到達した。

山頂はガスで何も見えず、風が強いので休憩していられなかった。すぐに縦走路にとりかかる。

これまでのぬるい登山道は一変し、岩礫の上をバランスをとりながら飛び渡っていく。雨で濡れているので余計に不安定だ。ここがロックガーデンと呼ばれる岩場で結構長く続く。

ナキウサギの声が常時響きわたっていて姿も確認したが、濃霧のせいで写真に収めることはできなかった。

途中で北沼を通過する。地図で見れば小さい沼だが、風が強く白波が立っている。少し先が霞んで見えないため、まるで海岸に出たかのような錯覚に陥る。

結局、ロックガーデンでは自転車があるおかげでコースタイムの倍以上の時間がかかってしまった。しかも、この岩場が原因で足にマメを作ってしまったみたいだ。自転車には完全に不向きな、予想外の激しい道だった。

『日本庭園』と呼ばれる辺りからは一転して、なだらかな木道となる(左写真)。トリカブトやイワイチョウが咲いている。

化雲岳を過ぎてからの平坦地(五色ヶ原)も長い木道が続き、正午過ぎに五色岳のピークに着いた。

この時、曇っていた天気に少し晴れ間が見られ、天候回復の兆しかと思われた。

ところが、この後天気は再び下り坂となり、五色岳の下りでぽつぽつと雨が降ってくる。

午後1時、目的地の忠別岳避難小屋に到着。

小屋の中はかなり暗く、誰もいなかった。屋根は破れていて補修がされておらず、内部では雨水が滴っている。床板も剥がれ、下地の汚れたベニヤが剥き出しになっている。ネズミもいる様子。離れの便所があるが、蛆が大量発生。天気さえ良ければ外でテントを張っただろうが、徐々に雨が強くなってきたので小屋泊にすることにした。

水は雪渓の融水を煮沸する。雪渓まで水を汲みにいくと、川にはヒルがたくさんいた。

結局、小屋にはもう一人青年が入ってきて、屋外ではテントが三つ張られ、わずか五名の宿泊となった。この前後の日はどちらも二十名くらいになっていたことを考えると、運が良かったといえよう。おそらく多くの人が雨漏りで寝袋を濡らしたに違いない。そもそも団体ツアー登山で避難小屋を宿泊利用するとはいかがなものか?

次の日こそ晴れるというので、時間を気にせずゆっくり寝ることにした。



●2011年8月16日(雨)

朝起きると、もう一人の青年は既に出発していた。時刻ももう六時過ぎである。雨漏りの音が継続しているので、まだ雨が止んでいない様子だ。この日、前線が南下して天気が回復するという予報が外れ、そのまま停滞することとなった。

雨の中、小屋を出発する。最初に雪渓を渡るのだが、雨の影響で雪渓の表面が氷のように滑りやすくなっていて、自転車を右肩に担いだ状態で派手に転んでしまった(右の写真を撮影した直後)。

右手薬指を負傷。皮膚を深くえぐり取ったような傷が出来た。自転車のどこかにぶつけたのだろう。それはいいのだが、新品の合羽が破れているのに気付いた時にはさすがにへこんだ。5年間着ていた合羽は転んでも破れたことはなかったのに、新モデルの合羽は新品の状態でたった一回の転倒で破れてしまった。どうも最近の商品は、耐久性を犠牲にしてでも軽量化や高性能化を売りにしようとする傾向があるようだ…(ちなみに合羽は○トーム・クルーザです。)

歩き始めて1時間ほどで靴の中が浸水してきた。スパッツを着用していれば浸水を遅らせることが出来たかもしれないが、スパッツは持参していなかった。

しかし、結果は同じだっただろう。雨は一向に弱まらず、叩きつけるように継続して止まない。ハイマツ帯や笹の中を通る細い踏み跡は、周辺の雨水を集めてたちまち小さな川と化した。

それでも、なるべく水深の浅い場所を選んで川底の石の上を歩き渡るようにしていたが、連日の変な歩き方のせいなのか、マメが潰れたあとに新しいマメができて激痛に耐えながら歩き続ける。

木道に出るとほっとするが、しばらくすると薮に突っ込むようになる。その薮の下に隠れて水が流れているので、おそらくこれが道だと見当をつけて進んで行くが、もうほとんど方向感覚が掴めなくなってきた。

いつまでも起伏のないだらだらとした平地が続き、ひたすら水の流れてくる方向に向かって進み続ける。晴れていれば快適な道なのだろうが、悪天候では雨風から身を隠す場所もなく、こんな場所で雷が迫ってきたらと考えるとぞっとする。

道ではなく、もうほとんどブールの状態。底はぬかるんでいてドロドロ。ひざ下まで水につかりながら歩く。

この日は行動時間が6時間弱しかなかったけれど、もしこれが行動時間10時間以上で強風が吹き荒れる天候であったならば、いつ低体温症に罹ってもおかしくはないなと感じた。

登り坂がないので全く汗をかかず、寒い思いだけをした一日だった。

昼過ぎ、白雲岳避難小屋に着く。小屋は管理人常駐で有料(1000円)なので、昨日泊まった忠別岳避難小屋と比べれば衛生的な避難小屋だった。全部で二十名位だったが、さすがにこの日はテントを張る人はいない。しかし小屋の中は依然として寒く、濡れた衣類等を一晩吊るしても乾きはしなかった。ザックカバーをしていたが、ザックの底にはかなりの水が溜まっていた。

他の人達は皆、ダウンジャケットかフリースを着ていたが、自分は着替えなしだったので寒かった。食糧も、朝のカロリーメイト、昼のカップヌードル、晩のα米という組合せを4日分準備しただけなので、他の人達に比べて圧倒的に貧相な食事であった。

なにより、3年以上愛用していたGPSが浸水してオシャカになったのが一番ショックを受けた(右写真、翌日撮影)。パッキンが劣化したためか、大雨の中電池を交換する作業をしたためか分からないが、完全防水ではないので今日みたいな日は外しておくべきだった。

雨は結局、夜通し降り続けた。



●2011年8月17日(晴)

縦走最終日、出発の準備をする頃に雨が上がり、やっと晴れた。

今までガスに巻かれていたが、ようやく山の全貌を見ることができた。山の上とは思えないほどの広大な大地。北アルプスとは全く違う景色で、テントを担いだ縦走者しか通らないので人も圧倒的に少ない。

白雲岳へのピストンは、岩場が多そうなので断念した。足が痛いのは昨日と変わっていない。

北海岳へは緩やかな登り。バイクを担がなくても、押したまま登れる。

右写真は、北海岳〜間宮岳の稜線。この通り、乗車しようと思えばいくらでも乗車できる。ただし、国立公園でも特に規制の厳しい区域のようなので、実際には乗らずに押して歩いている。(自転車禁止ということがどこかのホームページに明確に書いてあったはずだが、今探しても見つからない。)

稜線右手には、御鉢平と呼ばれるカルデラ状の火口底を見下ろす。

中央に有毒温泉という入浴できない温泉があり、周囲は毒ガスが溜まっていてヒグマやキツネの死骸が散乱しているそうだ。道迷いなどでここに下りてしまった人間も犠牲になっているらしい。

ともあれ、ここが大雪山の最も代表的なビューポイントとなっている。

また、旭岳〜黒岳を縦走する人が多く、ここにきて急に人に出くわすようになった。

間宮岳を過ぎて、旭岳に向かって急斜面のザレを直登する。バイクは首にかけたまま。ひさびさの登りらしい登りだが、意外と短くあっけなく旭岳に着いた。

景色は右の通り。上空は厚い雲で覆われてしまっていたが、北海道最高峰ということで四方は雲海ばかり、圧倒的な高度感がある。でも風が強く人も多く、頂上は僅か5分ほどいただけで下山開始した。ここで、二日間の避難小屋泊まりで一緒だった青年と別れた。彼には色々世話になった。

下りは、旭岳ロープウェイから往復する人が多く、特にロープウェイの姿見駅付近は一般観光客で賑わっていた。縦走登山の恰好をしているだけでも目立つのに、自転車があるから尚更だ。

← 地獄谷の噴気活動展望台より、噴煙を間近に見る。

旭岳ロープウェイは自転車持込不可と明白に規定されている。ロープウェイに沿った登山道もここが管理しているらしく、やはり自転車は通行禁止とされている。今回、ロープウェイの係員に事情を説明。別ルートからの縦走であること、山の中では全く乗車はしてないこと、下りの足用に自転車を運んでいるだけである旨を伝えたら、「降ろさないわけにはいかないから仕方なく」という理由で、輪行袋に入れるという条件で特別にロープウェイに乗せてもらった。反対側からだったら絶対無理だっただろう。

12時過ぎ、旭岳温泉に着く。ロッジ・ヌタプカウシペという宿に泊まる。盆を過ぎていたので、特に予約なしでも宿泊できた。翌日、翌々日は予備日消化のため、旭川市街地でぶらぶらと過ごした。

山の上では昼間でも気温が5〜10℃だったので、旭川市街地の最高気温25℃でもかなり暑く感じた。帰りの飛行機は到着が20分遅れ、指定席の特急列車の乗継ぎに間に合わなかった。京都に戻ると35℃、まるで蒸風呂のようだった。GPSは新品(Oregon550)に買い替えた。

(今回はそんなわけで、GPS軌跡ログはありません。)

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