■越後駒ヶ岳〜中ノ岳縦走 MTB          ■自転車旅行記(年度別)へ   ■自転車旅行記(地域別)へ

2010年5月1日(晴)

上越新幹線の浦佐駅から在来線に乗り換え、小出駅で下車する。初日は、この駅から宿泊予定の大湯温泉まで10km余りを走るだけ。予約していた「住吉屋旅館」に着いたが、玄関扉を開けて大声で呼んでも誰も出てこない。中に入ってみたが、どうやら留守中で不在のようだ。適当な部屋を見つけて昼寝をする。玄関に自転車と荷物を置いてあるので、宿泊客が来ていることが分かるだろう。

突然、激しい揺れで目を覚ます。地震だ。テレビをつけると、震度4で、震源もすぐ近くだった。明日以降登る山道に影響はないだろうか。今年は例年に比べて雪解けが半月ほど遅いと地元の人から聞いてもいるし、GW中の天気予報は、気温の高い晴れの日が続くこととなっている。なだれに注意しなければいけないだろうなどと考えた。

13:55 大湯温泉より越後駒ヶ岳

【小出駅(11:30)〜大湯温泉(12:50)】

2010年5月2日(晴)

朝6時に出発する。駒の湯温泉の近くで吊り橋を渡る。足場板を一列に敷いただけの何とも不安定な吊り橋で標識も何もないが、どうやらここが登山口のようだ。左肩に自転車を担ぎ、右手でワイヤーを手すり代わりにして渡る。とても百名山の登山口とは思えない。もっとも、越後駒ヶ岳をめざす登山者の多くは標高差の少ない枝折峠から入るだろう。その枝折峠へ続く国道も、今の時期ではまだほとんど除雪されておらず、通行不可能だ。

登山道は意外と雪が少ない。道以外の所は雪が多く積もっていても、やはり多くの人が歩くからなのか登山道だけ雪がない所もある。やがて雪の上と交互に歩かなければならなくなるが、雪の上にもしっかりした踏み跡が続いている。

6:27 越後駒ヶ岳登山口(370m) 9:05 登山道は部分的に地面が出ている

p916(栗の木ノ頭)で朝食休憩していると、たて続けに雪崩の音が響き渡っていた。最初は電車が走っているのかと錯覚したが、まるで遠くで雷が鳴っているようにも聞こえる。標高1000m付近でアイゼンを装着する。ここから小倉山にかけては、かなりの急坂が続き、鎖場も現れる。

小倉山は眺望がよく、駒ヶ岳〜中ノ岳〜荒沢岳が迫って見える。前方の駒ヶ岳の方を見れば、登っている人の姿が点々と見える。駒ノ湯から越後駒ヶ岳までを、山頂直下の避難小屋で一泊して往復する人が多いようだ。山スキーヤーも結構多かった。

9:38 小倉山直下の急坂を登る 10:12 小倉山(1378m)より荒沢岳(1969m)

駒ノ小屋に到着。避難小屋ではあるが通常はGWには常駐しているらしい管理人も、どういうわけか今年はいない。やはり雪が多いことと関係しているのだろうか。避難小屋は二階建てで、この日の小屋泊は十数名。他に、一部の山スキーヤーはテント泊。明日以降は水場がないため、小屋の隣にある水場で、3リットルの水をハイドレーションのパックに詰める。この水を詰めたパックを寝る時に枕にすればちょうどいいことを発見した。水漏れの心配も多分ない。

夜間、やはり夏用のシュラフでは寒すぎて、途中で何度も目を覚ました。小屋の二階には毛布もあったらしいが、わざわざ夜間に二階に取りに行くのも憚られるので、朝までの時間を凍えながら過ごした。

12:01 前駒(1763m)より駒ヶ岳山頂 12:26 駒ノ小屋(1890m)直前の急坂

【大湯温泉(6:07)〜駒ノ湯登山口(6:27)〜小倉山(10:08/10:23)〜前駒(12:00)〜駒ノ小屋(12:40)】

2010年5月3日(晴)

この日は駒ヶ岳を登ってから中ノ岳にある避難小屋まで縦走する予定で、夏道のコースタイムは5時間45分。時間的に余裕があるので遅めの出発と考えていたが、他の登山者の多くも山頂を往復してから下山するだけなので出発が遅いようだったので、時間をずらすため早めの出発となった。

駒ノ小屋から駒ヶ岳まで直登でショートカットする。15分ほどで山頂に着く。正面に稜線を隔てて中ノ岳、遠くは巻機山や平ヶ岳も見えるが、どの山も圧倒的な積雪量を示している。標高は1900〜2100m級で地図を見ても高さにおいてそれほど目立つ山域ではないにもかかわらず、これだけの雪がまだ残っている。厳冬期には想像もできないほどの豪雪に見舞われるのだろう。

6:03 駒ノ小屋から駒ヶ岳へ直登する 6:23 駒ヶ岳山頂(2003m)

誰もいない山頂を満喫した後、縦走路を乗車して走る。朝の冷え込みで雪面が硬くなっているので、快適に下っていける。右手には八海山が堂々と聳えており、中ノ岳から続いている深く切れ落ちた荒々しい稜線が見えている。刃渡りのような稜線上に、見るからに不安定な厚い雪が乗っかっており、その雪にも深い亀裂が入っていてなだれ落ちようとしている。いくら万能の装備を携えたところで、縦走意欲はとても湧かない。それに比べて駒ヶ岳から中ノ岳へ延びる縦走路はいかにも平易そうに見えるため、すぐに中ノ岳に着いてしまうのではと、余計な懸念をする。

なだらかな尾根が終わり、灌木帯の混じる急な下りとなる。濃密に茂る藪の上を歩かなければならない場面も出てきて結構手こずる。

6:40 中ノ岳への縦走路 6:52 雪庇 7:22 灌木帯

藪を抜けて天狗平という見通しの良い所へ出た。今回の縦走路中の最低鞍部だ。さらにしばらく進むと、両側が切れ落ちた痩せ尾根へと変わり、見るからに通りにくそうな灌木帯のコブをいくつか通り越えていかなければならない。幸いにも踏み跡が続いているので、これをなぞるように狭い灌木帯の中をくぐったり、藪の上に積もった雪を恐る恐る渡っていく。雪も徐々に柔らかくなっているので、ところどころ深みにはまりながら、場所によってはMTBを引きずり上げて、この厄介な『檜廊下』を通過する。

7:37 天狗平(1729)付近 8:04 越後駒を振り返る 8:48 檜廊下

ようやく痩せ尾根を抜けて、この先は雪の上だけを歩ける、と思い一安心する。ところが、続く1866独標の下りにて尾根が急下降するのだが、踏み跡がそのまま勾配に沿って下方へと延びている。一体、どんな歩き方をしているのだろうか。下へ降りていく足跡を二、三歩追跡してみたが、それ以上は死への恐怖が先行して一歩も踏み出せなかった。結局、少し離れた勾配の比較的緩そうな斜面から自分でルートを作りながら下っていった。

ところが、雪が緩んできているためか、足掛かりが急に崩れて、そのまま自転車ごと滑落。これはまずい!自転車を雪面に押しつけて食い止めようとするも、一緒に滑っているだけで全く力が入らない。ならばシリセードしてしまえと思ったが、意に反して、左側の谷に向かって加速してゆく。最終的には、勾配が緩くなったところで何とかアイゼンがブレーキとなって滑落を止めることができた。もし止まらなかったら、谷に向かって何百メートルも落っこちていたかもしれない。止まってから雪の上を見ると、血痕が赤く染みている。グローブをはめていなかったので、どうやら左手の中指を雪との摩擦で切ったみたいだ。

9:47 独標(1866m)からの下降 10:04 中ノ岳四合目(1901m)への急な登り

そして中ノ岳へ向けての最後の登り。既にテンションは下降気味だが、追い打ちをかけるような急な登り。すぐに息が切れて、少しずつしか進めない。前方を見上げると、斜面のあちこちに、雪崩の前兆となるクラックが走っている。この標高差300メートルの登りの途中で、何度も何度も柔らかくなった雪に足をとられ、股下まではまったり、時には深さ二メートルほどの亀裂の隙間にはまりこんだりして、ここまで来たことを後悔しながら前に進む。

急斜面の途中で休憩して後ろを振り返ったときに、ふと下りのことを考えると背筋が寒くなる。よく考えれば、登りよりも下りの方が難しいのだ。今日の縦走路はトレースがあるが、明日、下る道は全くトレースがない可能性がある。しかも、明日は今日以上の急坂を下らなければならない。もはやここで引き返すべきなのか?色んな心配が頭を過る。八海山で遭難者が出たのか、救助用のヘリが尾根筋に沿って低空飛行している。まるで自分が遭難者になったかのような気分にさせられた。

中ノ岳に着いて、何よりも真っ先に明日下る方向を見る。やはり、地図から想像した通りの急斜面だ。厚い雪に覆われていて、手掛かりになるようなものはこれまでと同じで何もなさそうで、明日のことを考えて早速気分が滅入る。自転車の代わりにピッケルを持ってくるべきだったと後悔したが、後の祭り。ただ、誰もいないと思っていた山頂に人がいたので驚いた。後からやって来た人も含めて、計4名がここでテント泊し、翌日十字峡へ下る人もいると聞いて多少は安心する。自分と同じ縦走路を通って昼過ぎに到着した人の話では、ここまで来る間にあちこちで雪崩の音を聞いたという。

10:30 中ノ岳四合目〜山頂(2085m)への登り 11:34 中ノ岳避難小屋と越後駒

避難小屋のある場所へ戻る。時間はまだ11時過ぎだったが、進むにしても戻るにしても、雪質は悪くなっていて雪崩の恐れもあり、これ以上の行動は不可。予定通り、避難小屋へ泊まることにする。1階の扉は雪で塞がれているため、小屋裏の窓に続いているタラップから入る。小屋の横の雪を使って水を作り、食欲はなかったが無理やり食事する。明日は進むべきか戻るべきかをずっと考えていたが、結論は出ず。いずれにせよ、かなり早めに出発し、日中、雪が融けだしてしまう前に行動を終えてしまわなければならないだろう。

避難小屋の宿泊者は自分ひとりだった。この日は前日よりも厚着をした状態で寝ることにした。寒さは前日に比べると幾分和らいだが、翌日の事を考えるとなかなか寝付けず、一晩中絶え間なく吹き荒れる強風も睡眠の邪魔をした。頑丈な重量鉄骨の避難小屋だが、風をまともに受ける場所に建っているのでよく軋む。結局、延べ2時間ほどしか寝れなかったようだ。

【駒ノ小屋(6:10)〜越後駒ヶ岳(6:25)〜天狗平(7:36)〜p1866(9:43)〜四合目(10:30)〜中ノ岳(11:25)】

2010年5月4日(曇)

4時を過ぎると空が徐々に明るくなり始めたが、依然として、かなりの強風が叩きつけている。ピッケルを持ってないため耐風姿勢をとることも難しいだろうけど、完全に日が昇れば風は静まるだろうと勝手に予測して、4時半に避難小屋から出て準備を始める。結局、様子を見ながら、十字峡へ向けて下ることにした。空もどんよりと曇っていて微妙な天気だ。雨でも降ってしまえば雪の状態が一気に悪くなって下山できなくなるだろう。とにかく先を急ぐ。

中ノ岳から日向山に向けて標高差500mの急坂を一気に下る。運よく、昨日あたりに登ってきた人の足跡が続いていた。ただし、一向に風が吹き止む気配がなく、途中で何度か待機してみたものの、あきらめて前に進む。自転車を風に煽られてしまえば、バランスを崩して危険な状態になるので、緊張の連続だ。想像していた通りの急な斜面で、場合によっては後ろ向きに下らなければならない。早朝の冷え込みで雪が硬くなっているので、雪を蹴りこめば何とかグリップは保てている。また、足元が安定している夏道とは違い、雪の斜面上を歩いている時に感じる高度感も相当なものだ。

5:02 日向山(1561m)へ向けての急な下り 6:26 日向山から中ノ岳を振り返る

日向山に着いた。中ノ岳からも見えていた日向山山頂にある二階建ての建造物は、雨量測候所だった。その周囲だけ雪が融けていて、三角点が露わになっている。ここで一息つくが、日向山からの下りもこれまで同様の急坂が続くので油断ならない。ただし、風がなくなってきたのと、ブナの木がまばらに生えているおかげでずいぶん安心できる。日向山からさらに標高差300mを降りてきて、ようやく緊張の糸が解ける。

標高1180m付近で雪が少なくなってきたので、アイゼンを外す。標高が低くなってからも、そこそこの展望に恵まれた尾根で、阿寺山、丹後山、巻機山、眼下にしゃくなげ湖を眺めながらの下山。あとは何事もなく、十字峡の登山口に降りてきた。十字峡登山センターは中に入れるが無人となっていて、どうやらこの時期は避難小屋として使えるらしい。ところどころ雪の融け残った道路を走る。湖の反対側の県道は、雪がかなり融け残っていて、半分くらい担がなければ通行できないだろう。車が入ってこれるのは三国(さぐり)川ダムまでで、多数の観光客がいた。振り返ればいつまでも残っている白い山々を背に、三国川沿いの県道を六日町まで走り、行きと同様に新幹線輪行して帰った。

8:32 イワウチワが多く咲く 9:32 十字峡(450m)に下山

【中ノ岳避難小屋(4:46)〜日向山(6:25/6:30)〜十字峡小屋(9:12)〜六日町(10:25)】

2010年5月2日 2010年5月3日 2010年5月4日
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