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2010年8月11日(雨)

初日は飯田線を天竜川に沿って北上し、平岡という駅で下車。自転車を組み立てて出発する頃には既に昼近くになっていた。鈍行列車の窮屈なシート(背もたれが垂直)に三時間余りも乗っていたおかげで背中が痛い。その上、50リットルのザックを背負って自転車で前傾姿勢になり登り坂を登るから、ほどほどにしないと脊椎の病気になってしまいそうだ。

台風通過の影響で雨が降りだし、やがて本格的になってきたので和田の集落にあるバス停でカッパを着る。

国道152号の梨元の分岐で何気なく登山地図を広げて見てみると、この先進もうとする梨元〜北又渡(きたまたど)までの遠山川沿いの道が「非常に危険、徒歩でも不可」みたいに書かれているではないか!地形図や道路地図でははっきり示されている道なので当然この道を行くつもりでいたのだが…(後になって調べてみると、古い5万分の1の地形図では林道として示されていたが、新しい2万5千分の1の地形図では完全に消されていた)。結局、登山地図で迂回路として示された山間部の舗装路を通って行った。下栗村という標高1000メートルの集落を経由するが、こんな奥深い高所にのどかな山村風景が続いていて驚く。

14:23 下栗村を通る

再び標高650mの北又渡まで下り返す。北又沢との出合となる北又渡で、遠山川沿いの道と合流する。北又渡には水力発電施設がぽつりと建っている。なるほど、ここまでくると遠山川沿いの土砂崩れがかなりひどいことが分かる。北又渡から上流も荒れたダートの道が続いており、土砂崩れによりガードレールはほとんど原型をとどめていないが、路面上は何とか通行できるように修復されている。登山地図の警告に気付かず、あのまま当初の予定通り進んでいたら大変なことになっていたはずだ(まず通り抜けは不可能だっただろう)。

再び、標高950mまで登り返して宿泊地の便ヶ島まで着いた頃には、一時的に弱くなっていた雨もかなり強くなっていた。聖光小屋での宿泊は、自分の他には光岳を登る予定の4人組だけであった。テント泊も含め、聖岳方面へ向かうのは自分だけのようだ。夜間は、網戸をくぐり抜けてきたブヨだか室内のダニだか知らないが、虫に刺されまくった。ちなみに今回、道中ですれ違った人との会話で「便ヶ島」のことをずっと「べんがしま」と読んでいたが、実際は「たよりがしま」であると帰ってから知った。

カシミール3D使用 2010年8月11日 距離:40km 累積標高:1000m

【平岡駅(11:50)〜R152上島分岐(13:10)〜北又渡(14:35)〜便ヶ島(15:35)】


2010年8月12日(雨)

予報通り、朝から雨が降っていた。最初は平坦な道が続いていたが、雨なので乗車せずに押して行った。増水すると西沢渡での渡渉が困難になることを心配していたが、実際にはまだそれほど増水しておらず、設置されている手動のロープウェイを使わなくても沢に直接渡してある木の橋でじゅうぶん渡って行けた。

6:02 手動ロープウェイと木の橋

どうも靴の防水性能が劣ってきたらしく、歩きだして2時間もたずに靴の中が水びたしになった。雨はどんどん強くなり、徐々に寒さとの戦いになる。この日は半日行程なのでまだ救われたが、それでも小屋に辿りつくまではかなり長く感じた。聖光小屋の主人からは、最初から最後まで延々ときつい坂道が続いていて休めるような場所もないことについて念を押されたが、坂道自体はそれほどきついとは思わなかった。それよりも雨に5時間も打たれ続けると、古いカッパと汗で濡れた化繊のシャツではどんどん体温を奪われていく一方だ。もう少し装備を見直さなければならないと思った。

標高1800mを超えてから、あろうことか高山病の症状が出てきた。ここしばらく標高1000mにも満たない低山ばかり登ってきたので、久しぶりの高山に体が順応しきれなかったみたいだ。叩きつける雨の中、ようやく主稜線上、標高2400mの薊畑に出る。薊畑では冷たい突風が吹いていた。すぐに反対方向の聖平小屋への下りにかかる。下り始めて20分ほどで小屋に着いた。

聖平小屋では宿泊者は定員の半分以下で、1人1畳以上のスペースは十分あった。聖沢方面からやってくる人がほとんどで、この天気なので停滞している人もいた。小屋に到着しても冬のようにストーブや乾燥室があるわけではなく、寒さによる震えが止まらず。カッパ、衣類、靴、ザック、ザックカバーなど、室内に吊るしてはみたものの、やはり翌朝になっても全くといいほど乾いていなかった。

カシミール3D使用 2010年8月12日 距離:7km 累積標高:1500m

【便ヶ島(5:15)〜西沢渡(5:55)〜薊畑分岐(10:10)〜聖平小屋(10:35)】


2010年8月13日(曇)

早朝。この日は雨は弱まったとはいえ、濃いガスの中での行動。行程も長く、ガスが晴れるのも待っていられないので濡れたままのカッパ、ズボン、登山靴を装着して出発する。やがて森林限界にでると、ガスは一段と濃くなり風も吹いてきて寒くなった。樹木などのないザレ場で、バイクを押すのが面倒なくらいの上り坂では、バイクを右肩に担ぐよりも首にかけた方が楽であることに気付く。後輪が左前、前輪が右後ろくらいの位置にしておくと、足元も見えるし重心もザックの上に来るので手放しでも歩ける。景色がないので、その位しか新しい発見がなかった。

小聖、聖、奥聖、兎、小兎と次々にピークを踏むが、どれもガスってて展望皆無。山頂での写真も全部同じような構図になってしまった(背景ガス&静岡県設置の標柱)。続く中盛丸山と大沢岳は奇跡的に晴れ間が現れ、ほんのつかの間ながら聖岳と赤石岳の全貌を見ることができた。

9:58 基本的にガスの中 11:18 晴れた瞬間の赤石岳

大沢岳から先はあまり道が良くなさそうなので、中盛丸山との鞍部まで引き戻し、百間洞へ続くトラバースを下って行った。コースタイムよりはずいぶん早く、宿泊地の百間洞小屋へ到着。この日の午後は、山にいる間唯一晴れた時間帯であり、小屋のわきを流れている川で衣類を洗濯して干す。小屋の夕食では、下界にいる時でも絶対に食わんような贅沢なトンカツが山もり出た。しかもカレーまでついて、おかわり自由という。翌朝まで、食い過ぎで苦しむ。

カシミール3D使用 2010年8月13日
距離:11km 累積標高:1400m

【聖平小屋(4:55)〜薊畑(5:10/5:15)〜小聖岳(6:00)〜前聖岳(7:00)〜奥聖岳(7:20)〜前聖岳(7:35)〜兎岳(9:25/9:30)〜小兎岳(10:10)〜中盛丸山(11:15/11:20)〜大沢岳(11:50)〜百間洞(12:15)】


2010年8月14日(曇)

朝。天気は回復せず、やはり雨が降っていた。せっかく乾いたカッパやザックカバーを再び装着。出発する人を見ると、大半の人が反時計回りに聖平へ向かうようだ。自分は天気が良ければ千枚小屋までと考えていたが、この天気なので無理をしないで荒川小屋止まりにしようと決め、ほぼ全員が小屋を出てからおもむろに出発した。

百間平を過ぎ森林限界に至ると、雨が弱まった代わりに猛烈な強風が継続して襲ってきた。もはやバイクを吹き飛ばされそうな勢いだ。最初のうちは、首にかけたバイクを舵のように角度調整して、風圧を推進力に変えて楽に登っていけた。そのうち、風に押されて走り出した足が止まらず、バイクごと静岡県側へ振り落とされそうになったのでこれはヤバいと中断。バイクを両手で地面に押さえつけ、場合によっては地面に伏せた状態で突風が弱まるのを待機しつつ前へ進む。

6:15 百間平 10:42 大聖寺平

赤石岳、ガスと強風で視界なし。続く小赤石岳もガスと強風で視界なし。この激しい強風は、大聖寺平を過ぎてからも威力は衰えず、最後の最後に荒川小屋へ下る樹林帯の急坂に入ってからようやく落ち着いた。

午前中に荒川小屋に着いたが、強風による体力の消耗激しく、予定通りここで一泊することに決める。日程に余裕があるから、無理はしない方がいい。登山者同士ではよく、一日でどれだけ歩いたとかいう健脚自慢話が飛び交うが、それに翻弄されるとひどい目にあう。荒川小屋では、自転車でやってきたことを知ったシェフが酒やらつまみやらを色々サービスしてくれた。酒を飲みながら午後は小屋に閉じこもる。外ではさらに天気が崩れ、再び雨が強く降り出した。夕方、小渋川から遡行してきたというオヤジが隣の位置に来た。逃げ場のない沢の途中でテント泊し、胸の高さまで増水した沢を40回ほど泳いで渡ってきたという。つい2日前には全く同じ場所で死者が出ている。こういう話を聞くと、自転車を担いで沢登りをするということだけはしたくないものだと思う。

カシミール3D使用 2010年8月14日
距離:8km 累積標高:700m

【百間洞(5:35)〜百間平(6:50)〜赤石岳(8:50/8:55)〜赤石小屋への分岐(9:15/9:30)〜小赤石岳(9:45)〜大聖寺平(10:35)〜荒川小屋(11:10)】


2010年8月15日(曇)

最終日。天候は変わらず、深い霧に包まれている。カッパを着て出発する。この日は荒川三山を縦走して下山する予定だ。景色は期待すらしていなかったが、荒川中岳へと続くザレ場の斜面に始まり、荒川岳一帯は高山植物が豊富なようだ。退屈しのぎにはなる。ガスの写真ばかり撮っても仕方ないので、不出来ながら花の写真を撮る。

タカネマツムシソウ ウスユキソウ タカネコウリンカ ハクサンイチゲ
チシマギキョウ タカネビランジ ミヤマゼンコ マルバダケブキ

辿りついた稜線上の鞍部から、荒川前岳までをピストン。ガスと強風で視界なし。続く荒川中岳もガスと強風で視界なし。ここまでどちらかと言えば単調で険しい岩場などなかったが、悪沢岳の手前にきてようやく挑戦しがいのある岩場になる。岩場では風も弱まっているので、こちらの方がよほど安全だ。岩場は難なくクリアしたが、この岩場で変速ワイヤーをブッチ切ってしまった。標高3000メートルを超す岩場で変速機など使わないので何の支障もないのだが、帰りのことを考えて鬱になる。

悪沢岳山頂、3141m、今回の縦走路の最高地点であるが、ガスと強風で全く視界がない。しばらく休憩して悪沢岳を下る。下りもガレが続くが、こちらは大したことない。

8:15 突然ワイヤーが切れる 8:54 悪沢岳頂上付近のガレ

ガレ場から一変、すぐに丸山という緩やかな円丘状のピークに出た。標高三千メートル級のピークだが、悪沢岳の付属峰扱いということで標高順位には入っていない。ガスで遠くの方までは見えないが、見渡す限り人の姿は見えないので、乗車して下り時間を短縮する。

丸山を下ってすでに気を抜いていたが、千枚岳の手前でオーバーハング気味の岩場が現れた。今回、自転車で通過するのに難しかったのはこの岩場くらいで、それでも特にロープを使ったり背負ったりする必要もなく、普通に右肩に担いだままでクリアできた。

9:35 丸山 9:52 千枚岳手前の岩場

最後のピーク、千枚岳。ガスで視界なし。さらに下って千枚小屋に出る。千枚小屋から、地図上で小屋まで延びている林道を下る。最初はどこに林道があるのか分からず、登山道を下って行ったが、このところの雨で道がぬかるんでいて、とても通れたものではなかった。登山道と林道が、地図上で20メートルまで接近する箇所があるので、そこから藪に突入して強引に進むと、ひょっこり林道に出た。

林道はよく整備されたダートの道で通りやすかった。何度か登山道を横切るが、車一台通らない林道で、かえって不穏な空気を感じる。林道は途中で二軒小屋方面へも分岐しているが、実際に見てみると崩れたまま放置されていて廃道となっているようだった。

一時間近くダートを下り続けて、ようやく大井川沿いの東俣林道と合流するところまで降りてきたが、案の定、橋の向こうから立派なゲートが姿を現し、固く封鎖されていた。ゲートの端をすり抜けようとすると、はね出しの中空部分にまで柵が延長されている。川底へまっさかさまに転落してしまうのも嫌なので、正面から堂々と乗り越えた。

無事ゲートをくぐって表側から見ると、東海フォレストが設置した「一般車両進入禁止」の看板があり、無断で入った場合一切責任を負わないという注意書きがあった。

12:22 ゲートが出現! 12:24 表から見たところ

地図をよく見てみると、畑薙湖のゲートから北側は一般車両通行禁止とあり、東海フォレストの関係車輛と送迎バスしか走っていないようだ。東海フォレストの管理する小屋に泊まっていれば、このリムジンバスを利用することができるので、自転車がだめだと言われてもバスに乗ることは出来る。椹島に東海フォレストの事務所があったので、念のため、ここに至るまでの林道使用の事後報告と、ここから畑薙湖ゲートまでの自転車通行が可能であるか聞いてみた。意外とあっさりOKが出たので、登山者の大行列に並んで満員バスに乗らなくても済んだ。

畑薙湖ゲートを過ぎてさらに南下する。途中で温泉施設があるので、ここで一泊しようかと思ったが、満室だと言われた。ならば、温泉だけでもと思ったが、大井川鐵道井川駅の電車が4時でなくなるけど間に合いますかと言われ、時計を見ると残り一時間あまりしかない。車でも駅まで40分かかると言われ、慌てて走り出す。ワイヤーが切れて変速のできない自転車でひたすらペダルを回し続け、何とか終電に間に合った。4日間の悪天候が嘘のように晴れ、旧型車輛の車窓から、軌道に沿って延々と続く渓谷と南アルプス深南の山々を眺めながら帰った。

カシミール3D使用 2010年8月15日
距離:70km 累積標高:900m

【荒川小屋(5:15)〜コル(6:50)〜荒川前岳(6:55/7:00)〜荒川中岳(7:10)〜悪沢岳(8:30/8:50)〜丸山(9:15)〜千枚岳(10:00/10:05)〜千枚小屋(10:25/10:50)〜林道標高2350m付近(11:25)〜東俣林道へ出る(12:20)〜椹島(12:50/13:00)〜畑薙湖ゲート(14:20)〜井川駅(15:45)】

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