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●2014年5月3日(霧)

7:29京都出発~9:50東京駅乗り換え~14:10会津高原尾瀬口駅に着く。
そこからバス輪行で満員のバスに乗るが、下車した時は自分一人。ものすごいキリで視界が悪く、小雨が舞っているような感じ。

16:30尾瀬御池ロッジに着く。受付で翌日の行先を伝えると、「ウ~ン」と何やら渋い表情をされた。自転車で燧ヶ岳に登るのはちょっと無理ではないかとの事。しかも、ピークの反対側にある見晴新道は下り道に利用する予定であったが、去年の台風で道が崩壊して少なくとも夏は通れなくなっており、雪で覆われた今の時期でも慣れた人でないと行かないので、やめた方がいいとアドバイスされた。これを聞いて、ちょっと気分が暗くなったが、行ってみてダメなら戻ってくる覚悟で行ってみることにした。

尾瀬御池ロッジ
見晴新道の注意書き

 
夕食時にまだ明るい窓の外を眺めると、霧が晴れたかと思えば一瞬で視界が閉ざされたりと、不安定な様子であった。それにしても食事は旨かった!(特に米とそばが。やはり米なんかは寒い地方のほうが断然うまい気がする。)携帯の電波も届かない場所なので、もっと山小屋風かと思っていたら、ほとんどホテル並の施設であった。

●2014年5月4日(晴)


【5:10 御池 ~ 8:20 俎嵓】


【8:25 俎嵓 ~ 8:55 柴安嵓 ~ 11:28 見晴】


【11:53 見晴 ~ 12:30 離宮小屋 ~ 14:07 至仏山荘】

4時過ぎに目が覚めると既に明るくなっていた。すがすがしい晴天だが、雲がないのが気になる。準備を済ませ、まだ誰も外にでていないため建物の玄関錠を外して5時に出発した。


ロッジから少し先に進むと広い駐車場があり、その奥がどうやら登山口のようだ。

早朝のため雪は固く凍っており、早速アイゼンを装着する。トレースらしきものが見当たらず、斜面を適当に取り付いて登っていく。

やがてはっきりと連続した足跡が見つかるようになる。御池ロッジから燧ヶ岳までの道は全て雪に覆われていて、緩急を何度も繰り返す。2ヶ所の広い湿原をはじめ部分的にフラットな箇所もあるが、それ以外は想像していた以上に急な坂道であった。
登山口から適当に取り付く

広沢田代

  熊の足跡?

標高2000m以上になると風が吹くようになるが、好天のおかげで大した強風にならずに済んだ。最後の方で少し嫌なトラバースがあったが、難なく山頂の東側の三角点ピーク(俎嵓)に到達した。目前に燧ヶ岳の西側ピークの柴安嵓と、尾瀬ヶ原をはさんで至仏山が見渡せた。俎嵓から西側への鞍部に行くのが分かりにくく少し迷ったが、よく見ると夏道が出ていたためそれを使って降りた。

俎嵓のピーク

柴安嵓ピークと至仏山

 
鞍部から次のピークの柴安嵓を見上げると最大斜度60°くらいありそうな雪の壁であり、見てのとおり滑落事故も多いらしい。しかし、ステップはしっかりと刻まれているし区間も思ったよりは短そうなので、自転車をそのまま担いだ状態でも行けそうな気はしたが、念のためばらして運ぶことにした。もし途中で行き詰まっても、戻ることはおそらく不可能だからだ。ホイールをザックの後ろに縛り、フレームを右肩に掛けておけば左手でピッケルを使うことができる。高度感を感じないように足元だけを見て一歩ずつ慎重に登っていたら、あっという間に登り切った。まだ時間が9時過ぎであり、固く締まっていたのと風が弱かったのが幸いであった。雪が融けかけていたら、難易度が相当上がるだろう。

柴安嵓は燧ヶ岳の主峰であり、東北地方の最高地点(2356m)である。尾瀬沼も見える。ここではまだ自転車を組み立てず、登頂の証拠写真も分解した状態で撮影した。下りの見晴新道もかなりの急勾配と聞いていたので、ピッケルを使う必要があるならば分解したままの方が運びやすいと思ったからである。ところがいざ下り始めてみると、最初から完全に雪の融けた岩場の下りが続き、ピッケルを使うような場面はなく、かえって邪魔であった。仕方なく自転車を組み立て直すことにしたが、こちらの方がずっと楽だった。去年の台風による崩落箇所というのも、結局どこなのか分からないほどで、全く心配するに及ばなかった。傾斜がゆるやかになると乗車した状態で下れるかもしれないと思ってやってみたが、雪の硬さと表面の凸凹の条件が合わず断念した。

60度の雪壁を登る

東北地方最高地点!

  尾瀬沼を眺める
やがて尾瀬ヶ原へ出ると小屋がたくさんあり、多くの人が休憩していた。自分もここで簡単な昼食休憩をとり、アイゼンを外した。

正午に尾瀬ヶ原の木道(実際は大半がまだ雪の下に隠れていた)を歩き出したが、日差しが強すぎて汗が止まらない。日影となるような場所も当然ない。すぐに上着は不要だと分かり脱いだ。延々と続く炎天下の一本道で雪の照り返しもあり、一時過ぎまでは灼熱の如く暑かった。木道が現れて湿原の水が一部融けていた所では、わずかだが開花前のミズバショウが見られた。

こうして湿原の上を2時間、距離にして6キロ歩いた末、宿泊予定の至仏山荘に到着した。鳩待峠方面からやってきたのだろうか、かなり多くの登山客(観光客?)で賑わっていた。

尾瀬ヶ原へ出る

至仏山へ向けて木道を行く

  木道の下のミズバショウ
山荘でまず驚いたのが、立派な浴場があることだ。トイレも水洗でウォシュレット付きである。午後3時に風呂の準備完了の放送があったため入浴しに行った。シャンプーや石鹸などは使えないが湯加減はちょうどよく、入れたてのきれいな一番風呂を長時間独占していたが何故か他に誰も入ってこなかった(この前の正月の時とは大違い)。食事も山小屋の食事にしては上々のものが出てきた。あいにく個室は一ヶ月前の予約では取れなくて相部屋であったが、相部屋とはいえ二段ベッドとカーテンで区画されており、半分個室のようなものだ。尾瀬ほど人が多く集まる場所だと、山小屋のサービスもここまで充実してくるのだろう。

しかし談話室で我が者顔の中高年男女が大勢集まり、大声で叫んだり斉唱したりとドンチャン騒ぎしているのは毎度お馴染みの光景であった。彼らは高齢による聴覚の衰えに加えてアルコールによる感覚の麻痺が手伝い、あそこまで大きな声が出てしまうようだ(もちろん全ての中高年がそうではないが)。こういう時のためにいつもウォークマンを携行しているのだが、早速取り出してみると、電源が入りっ放しになっていたらしくすでに電池切れになっていた。今回の登山で一番ショックだった出来事だ…。

尾瀬ヶ原

尾瀬ヶ原

  至仏山荘の相部屋

●2014年5月5日(曇)



【5:26 至仏山荘 ~ 8:40 至仏山 ~ 10:10 鳩待峠】

この日は午後から雨が降るとの予報だったので、昨日と同じく山小屋の朝食はとらずに自前で済ませて早朝5:30に出発した。予報通りのどんよりとした曇り空だが、この時点ではまだ山の上の方まで見通せた。小屋をでてほどなくして至仏山への登りが始まるが、最初はやや急な樹林帯の坂道が続く。斜面の至る所に踏み跡が刻まれているが早朝のためそのまま固まっており、自転車を転がすことができず最初から担ぐことになった。しかし、ずっと担ぎっぱなしだと流石に体力的に厳しいので、シリセードの跡で表面が滑らかになっている所を選んで、その上に自転車を押し転がすようにして登っていった。

斜面の途中で3回ほど、ハンドルを雪に突き刺した状態で休憩した。滑らないように体を横向きにして下の方を見ると、後続が5~6名ほど迫ってきている。その向こうには、昨日登った燧ヶ岳と尾瀬ヶ原が広がっているが、落ち着いて眺めれるような場所ではない。標高2000mを超えると天候がさらに悪化して、雲の中にいるようになり視界がガスで閉ざされてしまった。

急勾配の斜面がようやく終わり、標高2100m付近で高天ヶ原という若干なだらかな地形に辿り着いた。雪は全部融けていて、整備された木道が階段状に続いている。


斜面の途中から至仏山を振り返る

一直線の登りが続く

  ようやくなだらかになったが…
しかし、ここから山頂に至るまでの道のりが今回の登山の行程の中で一番辛かった。猛烈な向い風が襲ってきたのだ。頂上まで行って戻って来る人とすれ違ったが、風の音で会話ができないためわざわざ耳打ちで「上まで行くのは止めた方がいいかもしれない」と言われた。案の定、山頂の手前わずか300mの地点で諦めて引き返す人もいた。しかし、去年のGWのように自転車があおられて飛ばされそうになったり、しゃがんで待機を強いられたりするほどのひどい強風ではなく、何とかハンドルを押さえつけながら先を進んでいけた。

山頂付近になると木道が終わり、再び雪とガス一面で視界が全くなくなるため、GPSなしでは危険な状態であった。

GPSのおかげで至仏山頂に到着。43座目の百名山MTB登頂となる。少しだけ雲の途切れが現れ、魚沼方面の展望が素晴らしかったが、束の間であった。

一方、至仏山から南の尾根を経て鳩待峠へ至るまでは、尾根のまん中を行く夏道ではなく、その東側にスキーのシール歩行ができるような巻き道がつけられていたため、先ほどまでの風は嘘であるかのようにピタリと止んだ。そして、反対方向からは登山者だけではなく山スキーヤーやボーダーが続々と登ってきていた。この道は勾配もゆるやかでスキー板で平らに締め固められているので、誰もいない隙に乗車することができる。スパイクタイヤは装着していなかったが、普通のブロックタイヤでも十分楽しめた。結構人が多いため、実際に乗車した区間はほんの僅かだったが…。

10:10、鳩待峠に到着。コースタイムよりも早く着いた。峠には山小屋があり、乗合バスと登山客で賑わっていた。

至仏山頂はもの凄い強風

山頂で一瞬だけ視界が…

  鳩待峠

あとは沼田市に向けて50㎞の長距離ダウンヒル。予約していたホテルに泊まる。この辺りは商業地としての衰退が著しく、使われなくなったビルが解体されずあちこちに廃墟同然で残っていた。ホテルの近くにあったグリーンベル21というそれほど古くないショッピングセンターに立ち寄ったが、7階建てのうちなんと全てのテナントが撤退していて(5階にローカルラジオ放送局が入っていたがほぼ無人)、1階の通路は不良中高生の溜まり場になっていた。ホテルも古いわりにはそこそこ高かったが、他はつぶれたホテルやラブホテルばかりで選択の余地が無かった。自転車であちこち巡っていると、一部の都心や観光地を除き、日本中のあらゆる地でこのような光景が展開されつつあるのを感じる。

グリーンベル21

通路に寝転ぶ中学生

 

THE END


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