■石鎚山 MTB          ■自転車旅行記(年度別)へ   ■自転車旅行記(地域別)へ

2010年12月29日(曇)

年末年始は、西日本で最高峰の石鎚山に行くことにした。ただ行くだけでは面白くないので、1日目は成就社の旅館に宿泊、2日目は最高峰の天狗岳往復〜二の鎖小屋泊、3日目は石鎚山北壁〜土小屋〜しらさ峠避難小屋泊、4日目は瓶ヶ森〜伊予富士〜寒風山トンネルまでの縦走プランを考案した。避難小屋に入れない事態も想定し、シュラフとマットに加えてテントも装備して出発。

初日は余裕があるので始発ではなく、7時20分京都発の新幹線に乗った。岡山で特急に乗り継ぎ、3時間後に愛媛県の伊予西条駅に着いた。そのままスパイクタイヤで舗装路を走る。ロープウェイ乗場近くの温泉旅館で食事する。ここまで積雪は全くなかった。

石鎚登山ロープウェイで標高400mから1300mへ一気に上昇する。降りた場所にはスキー場があり、賑わいを見せている。そこからよく踏まれた雪の道を標高差100m登りつめると、成就社に着く。初日は、ここにある唯一の宿泊施設、白石旅館で一泊する。年末には登山客が大勢いるだろうと思って一月以上も前から予約していたのだが、この日の宿泊客は自分一人だけだった。

26日の寒波で四国にも大雪が降ったそうだが、この日の天気は穏やかであった。予報では、明日から年始にかけて大寒波が襲来するとの事。天候によっては縦走は無理かもしれないと考える。

【伊予西条駅(10:55)〜下谷(13:30)〜ロープウェイ(14:20/14:30)〜石鎚神社成就社(15:00)】


2010年12月30日(雪)

朝7時、およそ日の出の時刻と共に出発。予報通り、雪が降りしきっている。それほど古くはないトレースが延びているので、これを辿って行く。まずは八丁坂という下り坂で標高差100mを下る。鞍部に近い場所に鳥居があり、「遥拝の鳥居」と記され、「頂上まで行かれない方はここでお参り下さい」と書いてある。晴れていればここから石鎚山を見上げることができそうだが、雪で何も見えない。

続く登り返し。前社森(ぜんしゃがもり)というピークがあるが、その手前が結構急な登り。前社森には小さな休憩小屋があり、屋根下の空間にテントを張った二人組に会う。話を聞けば、昨日、石鎚山目指して出発したが予想以上に雪が深く、一の鎖直下までラッセルを続けたが断念し、ここまで引き返して幕営したという。余分の食糧もないので今日は下山する積もりとの事だった。もしこのまま進んでも、一の鎖元までなら自分達のつけたトレースがあるけれど、そこから先は何もないと教わる。

前社森から先は、彼らの言い残した如く深い雪に苦しんだ。一の鎖まで続くというトレースを有りがたく使わせてもらおうと思ったものの、降り続く雪でほとんど消えかけていた。特に、夜明(よあかし)峠を過ぎてからは吹き溜まり状態になり、トレースも完全に消えてしまった。一歩一歩が膝まで、場合によっては腰まで沈む。泳ぐようにして目の前の雪を切り崩し、膝でのしかかるようにしないと進めない。

その上、雪は容赦なく降り続き、この日の登頂はとても無理と判断する。せめて二の鎖小屋まで行ければテントが張れるかもしれないので、ニの鎖小屋を目標に切り替えて、ラッセルを続ける。この時点で、縦走もあきらめ、石鎚山往復へと目的を切り替える。

(写真は夜明峠を少し過ぎた辺りで、後ろを振り返った所。)

結局、夜明峠から一の鎖小屋まで休憩なしでラッセルを続けたが、わずか300m進むのに一時間近くかかった。一の鎖小屋は、急な坂道の途中に建っていて半ば雪に埋もれていた。ここで少し休憩したが、雪の急斜面に埋もれるような姿勢になり、遮る屋根もなく、降り続く雪により体温がどんどん奪われるので、10分ほどで耐え切れなくなって再出発。

二の鎖元までくると鳥居が見えてきた。鳥居から上は二の鎖小屋へ続く階段の道になっているはずだが、完全に新雪に埋もれてしまい、一歩一歩這い上がるようにして進む。バイクは横に寝かせた状態にしておいて、自分の体が一歩前へ進むごとに引き上げる。バイクがあるおかげで、通常のラッセルの倍かかってしまうのだ。

結局、二の鎖小屋へ至る坂道の根元から目前に見えている小屋まで這い上がるのに30分かかってしまった。時間はまだ12時だが、もうこれ以上進む体力は残っていない。さっそく幕営の準備にとりかかる。

小屋は屋内には入れなかったが、屋根のある休憩スペースが空いていた。中は4畳ほどの広さで、テントを張るには十分な広さだが、外から雪が容赦なく吹きこんでくる。奥にあった毛布を出入口の部分に暖簾のようにぶら下げるが、強風ですぐに吹き飛ばされてしまうため、毛布が飛ばないように錆びた釘をピッケルで打ち付けて固定した。それでも雪は吹き込んではくるが、何もしないよりははるかにましだ。

午後になって、何名かの後続が来た。そのうちの何名かは山頂に向かって進もうとするも、胸まで埋もれる雪でほどなく引き返してきたようだ。翌日も悪天候が続くため、おそらく登頂できる人はいないだろうと考え、人が大勢やってくる翌年までここで停滞することを決める。

【成就社(7:00)〜前社森(8;45)〜夜明峠(9:30)〜一ノ鎖小屋(10:25)〜二ノ鎖元鳥居(11:40)〜二ノ鎖小屋(12:00)】


2010年12月31日(暴風雪)

テントを張ったものの、およそ快適とは程遠い一夜を過ごした。反省点として装備がかなり不十分だった。着ているものが全て濡れた状態であり、暖をとるための余分の燃料や着替えは持参しておらず、マットはホームセンターで購入した厚さ1oのもの(もちろんエアマットはなし)、シュラフは冬用で一番軽量のもの、シュラフカバーなしという状態で、氷点下10〜15℃まで冷え込む夜間を過ごさねばならなかった。おかげで1時間ほどしか睡眠を取れていない。

日中の最高気温も氷点下5℃くらいまでしか上がらない。小屋には昨日の夕方から、佐賀大探検部所属の青年が同じ場所でテントを張っていたが、共に小屋から一歩も外に出なかった(1日2回、トイレに行くのと水を作るために雪を取りに出る以外)。この日は昨日に増して強烈な冬型の天候で、雪は一層深く積り、昨日のトレースも完全に埋まっているだろうと予想できた。テントに閉じこもり、装備を乾かすのに専念した。この日は誰も上がってこないだろうと思っていたが、午後になって何組かのグループが小屋に駆け込んできた。こんな凍てつくような吹雪の中でも、初日の出を拝むために長時間ラッセルするという行為に感服した。それでもやはり、二の鎖から上の道のりは別世界で、ほとんどのグループがここで引き返していった。


2011年1月1日(暴風雪)

昨日一日かけて衣服等を乾かしたおかげで、前の日よりは快適な一夜を過ごした(睡眠時間は2〜3時間程度だが)。佐賀大の青年に分けてもらった使い捨てカイロも役に立った。唯一、オーバーグローブだけはガチガチに凍ったままだ。何とか乾かそうとして残り少ない燃料で炙っていたが、焦がして穴を開けただけでついに乾かすことはできなかった。

年が明けても、悪天候が続いた。佐賀大の青年は初日の出を拝むため、6時頃に小屋を出発した。自分はテントの中で、大勢の人が来るのを待つ。7時半頃、俄かにテントの外が騒がしくなった。合わせて十数名ほどのグループがやって来たので、自分も出発の準備にとりかかる。いくら悪天候でも、これだけの人数の後ろをついて行けば、難なく山頂に辿り着けるだろう(俗に『ラッセル泥棒』ともいう)。

慣れないテント泊(まだ2回目)のため、凍りついたテントやフライシートをたたんだりするだけで時間をとられてしまい、結局出発は10時半になってしまった。

吹雪の中、凍ったオーバーグローブをはめて出発。二の鎖小屋から見上げると、水平距離200mにして垂直距離200m、目指す岩峰が壁のように聳え立っているのがおぼろげに見える。

やはり二の鎖から上は、険しさも気象条件もこれまでより一層厳しくなる。トレースがあるからといって決して油断はできず、緊張の連続だった。その上、悪天候もしくは急勾配のせいか、少し登っただけで息切れしてしまう。3〜5歩ずつ進むごとに、バイクを降ろして休憩せざるを得なかった。


途中の三の鎖元にある避難小屋に入ることができたので、ここで休憩した。中は人が一人いて、ストーブが点いていて暖かく、ここでぬくぬくと50分ほど過ごしてしまった。

いつまでもここにいてられないので、再び山頂めがけて出発。

長い休憩のおかげか疲労を回復でき、そこから僅かで頂上の弥山に着いた。立派な神社が鎮座する頂上では凄まじい風が吹いているため、一帯の雪が吹き飛ばされていた。山頂には二、三名の登山者がいて、天狗岳の全貌を眺めようと、ほんの僅かの晴れ間に期待して待機している様子であったが、天候は一向に治まる気配がなかった。

弥山の先端に立って最高点である天狗岳方面を見る。ここから縦走するためには、まず足元の鎖を伝って下降しなければならないが、その鎖も氷雪に埋もれてしまっていて手掛かりも足掛かりもない。さすがにこの先は誰も足を踏み入れてはいないようだ。

かなり長い時間粘ってみたが(といっても山頂にいたのは15分)、やがて誰もいなくなり、自分も山頂を後にすることにした。

下山しはじめてから気付いたのだが、どういうわけかブレーキが全く効かない。ブレーキの効く自転車は、押しているだけでもある意味ストック代わりになるが、ブレーキの効かない自転車は押していると勝手に加速してしまい大変危険である。そのため下りはバイクを押した状態で下ることができず、全て担がなければならなくなった。

下りは登りよりもはるかに難しい。整備された階段でも、写真のように手すりが出ている場所ならまだいいが、手すりや鎖が完全に埋もれている場面では本当に怖い思いをした。

誰もいなくなった二ノ鎖小屋に戻る。小屋の中で自転車を分解し、修理を試みる。どうやら昨日、雪で溶かして作った湯を偶然ハンドルの上にこぼしてしまったことが原因で、ケーブル内に侵入した水分が氷結してブレーキが作動しなくなっていた。ライターやガスストーブを使って温めてみたが、改善されず。あきらめてそのまま下る。

午後になっても一向に風が弱まらず、下山中もずっと吹き荒れていた。このため、少し前のトレースも吹き飛ばされて消えかかっていた。特に夜明峠を過ぎて右に折れるべきところをそのまま直進してしまって迷い込む踏み跡があり、自分も相当下ってしまってから間違いに気付いて引き返した。4日後に下山中の夜明峠付近で道迷いによる遭難事故が起きているが、おそらくこの場所ではないかと思う。

前社森から下は、トレースが掻き消されている心配はなく、無事に成就社まで戻ってこれた。ロープウェイの最終時刻は5時で、まだ十分間に合う時間ではあったが、出発時と同じ白石旅館に泊まることにした。この日の夕食のぼたん鍋が絶品で完食してしまい、完全にリバウンドしてしまった。

【ニノ鎖小屋(10:30)〜三ノ鎖小屋(11:15/12:05)〜弥山(12:20/12:35)〜ニノ鎖小屋(13:10/13:40)〜前社森(14:30/14:40)〜成就社(16:10)】


2011年1月2日(曇)

成就社からロープウェイ乗り場まで乗車して下る。乗車率は100%。今回、雪の上で唯一乗車できた区間だ。ロープウェイを貸切状態で下り、伊予西条駅まで来た道と同じルートで走って帰った。自転車は昨晩、旅館の屋内に入れさせてもらったので完全に解凍し、ブレーキは元通りに治っていた。

今回、縦走登山は実現せず、自転車が全く意味のない往復登山となってしまったが、悪条件下でのテント泊という貴重な経験を得ることができた。充実感に満たされながら帰途に着いたが、同じような経験は二度としたくないので、今後は持参する装備をもう少し見直そうと思った。

【成就社(10:45)〜ロープウェイ(11:00/11:10)〜伊予西条駅(12:45)】

カシミール3Dにより作成
inserted by FC2 system