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2011年3月6日(晴)

己高山は、山麓の平野からはよく目立つ端正な容姿をしている。集落にほど近い里山ではあるが、標高は923mとこの辺りでは高めであり、厳冬期は容易に近付けない。逆に夏だと簡単に登れてしまう山ではあるが、やはり湖北の山は雪山という印象が強いので冬に登りたいというこだわりがある。林道の雪もある程度融けて、雪がよく締まって歩きやすくなる残雪期の今が最適期だろう。

己高庵から少し先で林道は未舗装になり、しばらくすると残雪が現れて乗車できなくなった。何日か前の足跡は三十センチほど雪に埋もれているにもかかわらず、今では土の上を歩いているかのように固まっていたのでスノーシューは装着せずそのまま登る。

登山口は大きな標識があるため迷うことはない。仏供谷登山口の尾根コースと示された方を進む(右写真)。湖北の山には珍しくトレースがついており、こうしてトレースを辿るのは久しぶりだ。

しかし最初は結構な急登なので、一つ目の鉄塔のところで休憩していると、後ろから大声で会話している中高年男女三人組がやってきた。ここで人間に遭遇するとは思わなかった。あまりに騒がしかったので先に進ませ、かなり距離をあけてから後ろを行くことにした。

そして、このルート唯一のビューポイントである牛止め岩という岩がある場所までやってきた。確かに展望はあるのだが、山本山と竹生島が霞んで見えるだけの何ともしょぼい感じのビューポイントであった。


やがて山頂直下の鶏足寺跡に出るが、相当に広く整地された場所で石垣や石柱が現存しており、こんな奥深くにと驚嘆する。湖北ではこの辺りが山岳仏教の中心地であったが、明治以降衰退を辿り、鶏足寺も昭和8年に焼失したという。

この鶏足寺跡から己高山へと直接続いている尾根に取り付けばよかったものの、夏道のトラバース道を選んでしまう。樹木が障害となりなかなか前へ進めず、足を滑らせれば右下に転落してしまいそうな、標高の上がらない水平な道が続く。うんざりした頃、ようやく尾根に取り付いて山頂へ向けて一気に高度を上げる。

己高山の山頂。今度は文句なしの展望だ。金糞岳から伊吹山までのパノラマ。しかしこれでは物足りないので、少し北側の稜線へ分け入ると、木々の間から横山岳の東尾根と左千方、三国岳が望めた(左写真)。これらは平地や近郊の山からは滅多に眺めることのできない憧憬の山々であり、見れるだけでも十分満足である。

山頂では、あの騒がしい三人組以外にも何名かやってきた。皆、己高庵からの往復のようだ。せっかくの湖北の山も、ここまで人が多いと趣に欠けるので(といっても遭遇したのは全部で5〜6人程度だが)、幸い古いトレースが南側の尾根にも延びているし、高尾寺経由で帰ることにした。少し雪が融けてきたため、スノーシューを装着して下山にかかる。

この選択は、行きの味気ないルートに比べれば正解だったと言える。樹木越しとはいえ左手に奥伊吹の稜線を垣間見ながら、p778に向けて快適な(旧)郡界尾根歩きが続く(右写真)。

p778から西側の尾根に移り、郡界尾根を離れる。視界は悪くなるが鉄塔のところで少し開け、右手には己高山ピークと登ってきた尾根を振り返ることができる。

次に、p532から南へ降りる尾根に取り付くのだが、どこを降りればよいのか悩む。あちこちの樹木や枝に赤テープやスプレーで印がしてあったりするが、一寸先は薮しか見えない。薮の中、スノーシューを履いたまま下るわけにはいかないので、ここで外す。

赤テープを伝いながら道なき尾根を下ると、立派な逆杉(左写真:根元にMTB)がある高尾寺跡に辿り着いた。鬱蒼とした自然林の中、寺院跡ということもありこの辺りだけ開けている。立派な説明板も立てられていて、杉の木は樹齢1000年とある。


しかしそこから先は再び道が不明瞭となり、荒れた急坂の道を赤テープ頼りに下っていった。やっとこさ、除雪のされていない林道へ降りてきた。逆ルートの場合、非常に分かりにくいだろう。この後、己高庵に立ち寄り入浴して帰った。

【木ノ本駅(8:00)〜中ノ谷登山口(8:50)〜牛止め岩(10:25)〜鶏足寺跡(11:25)〜己高山(11:40/12:25)〜p778(12:50)〜p532(13:30)〜林道(14:05)〜己高庵(14:30)】

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