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●2007年12月31日


年末年始の山行にあたり、最大の関心事は天気であった。二つ玉低気圧が日本列島を覆っており、少なくとも1月1日までの予想天気図では、比較的気候の穏やかと言われる八ヶ岳でさえも強烈な吹雪や雪崩が起きる心配があった。このため、12月29日出発予定だったのを、31日出発に予定変更。出発の3日前に購入したピッケルとゴーグルも携えて準備万端と思って出かけたが、行きの新幹線の中でスパッツ(雪の侵入を防ぐために膝下の脚を覆うもの)を忘れていたことに気がついた。出発前に荷物のチェックをしておけば良かったが、もうどうしようもない。茅野駅に着いても山岳用品店などなさそうだし、とりあえず山小屋に置いてあるかもしれないと淡い期待を抱いて、自転車にまたがり美濃戸口へと向かった。

茅野市はうっすらと降雪があったが、路面の雪は完全に溶けていた。今回、初めて使用するスパイクタイヤは、タイヤ一本につき約300本の金属ピンが打ちつけてある。積雪のない舗装路では抵抗が大きく、とても快適に走れたものではない。まるで砂の上を走っているかのようにジャリジャリと音をたてながら、2時間半かけて標高1500mの美濃戸口へ辿り着く。やはり、どこの山小屋にもスパッツは置いていなかった。ここで、バス待ちの下山客が数人いたので、使い終えたスパッツを定価以上で譲ってくれないか交渉してみることにした。幸い、自転車でここまで来たことに興味を示して向こうから話しかけてきた人がいて、なんとスパッツを無料で譲ってくれた…感謝!これで気分が落ち着き、今日はここの山小屋に宿泊することにした。他の下山客の人からも話を聞いたが、荒天の影響で稜線まで行けず引き返してきた人も多かった。単独行の若い女性から、「これから登るのですか、大変ですよ。稜線は風が強くて目の前で人間が吹き飛ばされていた。遭難してる人もいましたよ。」と言われた。吹き飛ばされた人が無事だったのだろうか。まさか自転車で行くつもりとは誰にも言えなかったし、自分でも馬鹿らしく無謀に思えてきた。


●2008年1月1日

2日目の朝、身支度を整えて登山届を小屋の人に提出したら、そのルートを夏に行ったことがあるかどうかを聞かれ、ないと答えたら、「行ったことがないルートを冬に単独で行くのは危険だから止めた方がよい」と言われた。登山届には行者小屋を経由して赤岳までのルートを記入していた。もちろん小屋の人は、自分がピッケルを使うのも初めてで、ましてや自転車で行こうとしていることなど知らないのだが。とりあえず面倒なので、登山届の予定ルートを行者小屋までに書き換えて、その場をやり過ごした。

小屋を出て、林道を自転車に乗っていこうとすると、再び小屋の人が出てきて「危ないから自転車は置いていった方がいい」と忠告してきた。本人が危険なだけでなく、林道を歩く登山者や車にとって迷惑だというのだ。危険を感じたらすぐに引き返すつもりだし、自転車は迷惑にならないように押して歩くと説明したが、なかなか納得してもらえない。これは厄介なことになったと思ったが、何とか「林道の終点の美濃戸山荘までは自転車を押して歩き、そこで自転車を預けてから、その先の登山道を進んで行者小屋に向かう」ということで妥協してもらった。嘘をつくつもりはなかったが、そうでもしない限り前へ進めそうになかった。

雪の積もった林道を自転車を押して進み、1時間ほどで美濃戸山荘に到着。スパッツとアイゼンを着用し、そこから先の登山道へ自転車を押して入っていこうとすると、背後から「自転車で行くなって言っただろ、約束と違うじゃないか!」と叫ばれた。振り返ってみると、先ほどの小屋の人だ。どうやら、美濃戸山荘まで用事があって車で林道を走ってきていたようだった。それから先はもう話し合いどころではなかった。「国有林は自転車持込禁止だ」と言われたので反論したら、「もう勝手にしろ!」と怒鳴られた。

予定より時間がたいぶ遅れたが、そのまま登山道を進んでいった。北沢を通ってまずは標高2200mの赤岳鉱泉へ。この道は、先月、北八ヶ岳を縦走した時に反対側から下ってきた道だ。前回は積雪があまりなく、ほとんど担ぎながら下ってきた道だったが、今回は積雪のおかげでほとんど押して進むことができた。赤岳鉱泉は人で賑わっていた。小屋の横に設置されている氷壁でクライミングをしている人がいる。自分もやってみたいと思ったが、見ているだけで難しそうだ。

北沢登山道の樹氷

赤岳鉱泉(2220)のアイスクライミング

赤岳鉱泉で大休止した後、中山乗越を越えて行者小屋へ向かう。多少、道幅が狭くなり雪が深くなるが、このルートも難なく通過。ここまでくると稜線の近くまで来ているが、稜線では大荒れというのが嘘のように、風もなく穏やかである。行者小屋で宿泊の受付をする。この日、赤岳まで行ったという人はほとんどいなかった。多くのパーティーが、稜線に辿り着く前に強風に遭い、地蔵尾根を途中で引き返してきたという。小屋には遭難救助の要請を受けた長野県警の人達が、救助を終えて休憩していた。硫黄岳で一人、低体温症で動けなくなった人がいたらしい。自転車で赤岳に登ろうとしていることが知られたら止められるのかな、などと思っていると、まもなく第2報が入ってきて、午後になって一層増してきた寒気の中、次の救助に向かっていった。今度は、先ほどのアイスクライミングで墜落、骨折した人が出たらしい。警察も命がけの大変な仕事である。

中山乗越(2370)




●2008年1月2日


朝、依然として冬型の気圧配置が続いており視界も良くないが、予報ではこの日から回復に向かうはずだ。天気が回復することを期待して8時半に小屋を出発。赤岳へ向かうには地蔵尾根と文三郎尾根の2通りの行き方があるが、前日に小屋で親しくなった単独行者ばかりの3人の即席パーティーを組んで、文三郎尾根から登ることにした。自転車を担いでいくか、背負っていくかの判断にも悩んだが、頂上直下が急な岩場になっていると聞き、初の背負いに挑戦。輪行をするときと同じ要領で前後のホイールを外してフレームに括りつけ、更にザックの後方にしばりつけて、右手にはピッケルを握り、いざ出発。

背中に20kgの荷重がかかるのも初めてだが、重心がザックを挟んで後方にあるため、普通に立っているだけで体ごと後ろ向きに引っ張られる感覚がする。平らな道を歩き出しても足が前方に出ず、ちょっとずつの歩幅でしか歩けない。しかも急に荷物が重くなったため、歩き出してすぐに靴擦れが起きた。最初は前の人についていくのが精一杯だったが、時間がたてば慣れてきた。30度位の傾斜はありそうな急坂を一歩ずつ登っていく。稀に階段が出ている所では、足を水平にすることができるのでホッとする。10時頃になってくると次第に青空が姿を現してきた。そして稜線に到達。風は強いが思ったほどではない。ここまでくれば、もう残りの標高差は200mもない。

文三郎尾根の急登を行く



ここで自転車と一体となったザックを置いて小休止していると、太陽と反対側、つまり登ってきた方向の谷間の霧に、自分の影を中心に虹色の光の環が映し出されていた。ブロッケン現象だ。長年登山をしていても一度か二度しか目にすることがないくらい稀な現象だそうだ。自分はまだ登山を始めて7ヶ月にしかならないが…。

ここから西方向に、阿弥陀岳の東側にある三角錐ピークが見えている。その斜面に人の姿が見えていて、スキーだかボードだかで滑降していた。まさか阿弥陀岳まで行ったのだろうか。もしそうなら相当の命知らずである。

ブロッケン現象
右下は、文三郎尾根を登る2名の登山者の姿

分解した自転車を置いて休憩
三角錐の頂には人の姿が…

目出帽とゴーグル、オーバーグローブを装着し、ザックと自転車を背負い、いざ赤岳へ向けてアタック開始。

自転車を背負う状態も徐々に慣れてきた。行く手には荒々しい岩と氷の造形が広がり、厳しさを忘れて思わずその白銀の世界に魅入ってしまう。登山道は鎖などで整備されているようだが、そのほとんどが氷の下だ。足元の不安定なクサリ場を乗り越え、狭い岩場を潜り抜ける場所では背中の自転車が岩に衝突しないように体の角度を考えながら交わしていった。緊張の連続である。

自転車を背負っていざ赤岳へ



11時半頃、ついに赤岳に登頂。百名山MTB登頂九座目達成。ここで自転車を組み立てた。展望は良好で、阿弥陀岳や横岳の荒々しい姿がよく見えた。但し雲が多く、富士の方までは良く見えなかった。

八ヶ岳の主峰、赤岳(2899)より阿弥陀岳を望む

祠が雪に埋まっていた
標柱の前で記念撮影

山頂に建つ赤岳頂上小屋

この日は赤岳頂上小屋に宿泊することにしたが、天気が良かったのは僅かこの2時間ほどで、結局午後から天気は恢復しなかった。小屋の宿泊者も僅か10人。登頂した人もほとんどいなかった前日は、元旦だというのに8人しか宿泊していなかったらしい。ここでパーティーの一人と別れを告げ、小屋に残った登山者と翌日の予定について話し合った。この調子だと翌日も同じように行動できるかもしれない。自分は赤岳に到達できた自信から、横岳にも行くつもりだと初めて明かした。結局は当日の天気次第ということになった。

夜になっても天気は安定せず、深夜になると強風が吹き荒れていて思わず目を覚ました。時計を見ると1時半。小屋の外に停めておいた自転車が飛ばされそうな勢いだったので、凍りついた扉を開けて自転車を小屋の中に入れた。扉を閉めても、強風で舞い上げられた粉雪が僅かな隙間から猛烈な勢いで吹き込んでいた。この時点で、横岳へ行こうという気は失せていた。


●2008年1月3日

早朝、風は弱まっていたが、やはり天気は恢復せずに視界は閉ざされていた。朝食が終わっても誰も小屋から出ようとせず、ひたすら待機。日程上の都合からほぼ全員が尾根を降りる予定だと分かったが、自分はまだ日程には余裕があり赤岳だけでは物足りない気がしたので、横岳登頂は無理でも行ける所までは行こうと決めた。9時半ごろ、視界が悪いまま、昨日と一人入れ替わりの3人のパーティーを組んで赤岳天望荘のある鞍部まで下っていった。小屋の入口には係員がいて、ザックを中に入れるなと口喧しく言っていた。天望荘でコーヒーを飲んでしばらく休憩したが、他の2人は地蔵尾根を降りるため、ここで完全に一人となった。

赤岳展望荘より横岳を見上げる

横岳をバックに撮影
見渡す限り前方には誰もいない。トレースはついているが、消えかけているところもある。柔らかい雪面の直登が続き、体力の消耗は赤岳を登った時の比にならず、2、3分も歩けば動けなくなって休憩の繰り返し。踏み跡の上に足をかけても膝上まで潜ってしまうので、二歩進んでは一歩後退している形になり、全然前に進まない。半ば雪に埋もれながら、両手両足で這い登っていった。しばらく進んで後ろを振り返ったが、後に続く者も誰もいない。ところどころで強風があおり、ピッケルを風向きと逆側に刺して必死で堪える。いつの間にか霧は晴れて視界が良くなったので、もう後戻りはしないと覚悟を決めて突き進んでいった。

横岳の稜線から赤岳を振り返る

遠く富士が見えた
二十三夜峰、日ノ岳、鉾岳、石尊峰、三叉峰と滑落多発地帯の稜線を行く。とにかく余計なことは考えない。ひたすら無心で進む。従って、あまり記憶にも残っていない。

横岳の険しい岩稜

大権現(2829)と三又峰(2825)

吹きさらしの尾根を行く



11時45分、ついに横岳の最高峰、大権現(標高2829m)を踏む。山頂には誰もいなかった。ガスで視界は全くなし。自転車登頂の写真を撮ったが、ここでわざわざ自転車を組み立てる気も起こらず、分解した状態のままで撮影。そもそも風が強く、作業をするのは危険である。

大権現への急な登り

横岳最高峰、大権現(2829)
下りでは足元が見えないハシゴやクサリ場が続く。アイゼンの前爪2本を効かせて慎重に下る。背中の自転車を岩壁から交わしながら難所の「カニの横バイ」を通過する。ここは急斜面を横切るクサリ場で足がかりがほとんどないが、もう慣れてきたためか恐怖感はない。ときたま反対方向からやってくる数人の人とすれ違うが、みんな言葉少なで挨拶もそこそこ。ゴーグルの僅かな隙間から冷気が侵入して、皮膚が痛み出す。

大権現からの急峻な下り

カニの横バイ

足の竦むような下り道

大同心を見下ろす
大同心を見下ろしながら2795ピークを超えると、ようやく道はなだらかになる。宿泊予定地の硫黄岳山荘を目指して下っていくが、強風に加え視界がどんどんひどくなる。ホワイトアウト直前の状態。辛うじてポールや足跡が確認できるので道を見失うことはないが、ひたすら長く感じた。真っ白のなかに黒い影があるので小屋だと思って近づいてみたら、ただの岩だった。まるで幻覚を見せられたみたいだ。

ポールを見失えば完全に迷ってしまう

間違いなく小屋だと思ったのだが…
ようやく硫黄岳山荘についた。しかし何か様子がおかしい。ひとけが全くないのだ。凍った扉を開けて中を覗くと、スタッフが小屋仕舞いの準備をしていた。昨日で営業は終わりとの事。事前の調べでは年末年始営業とあったので油断していたが、まさか年始が1月2日までとは予想できなかった。どうりで、赤岳から横岳方面へ行く登山者がいなかったわけだ。

ケルンに発達したエビの尻尾

硫黄岳山頂より横岳〜赤岳を振り返る
小屋の中で自転車を組み立てさせてもらう。ここで泊まれないため、硫黄岳を越えて赤岳鉱泉か本沢温泉まで下らなければならない。まだ時刻は午後1時。幸い、ここにきてようやく視界が戻ってきたため、本沢温泉まで行くことにした。このルートは前回の北八ツ縦走時に通ったばかりで風さえ強くなければ簡単に進める道であることを知ってるため、時間を気にせず安心して下れた。

夏沢峠からは自転車に乗って下ろうと試みたが、新雪の塊に突っ込んで雪まみれになってしまい、結局押して進まざるを得なかった。午後2時半に本沢温泉到着。

硫黄岳より北八ヶ岳方面を眺める

夏沢峠


●2008年1月4日

最終日。この日は林道を下るだけ。林道といっても最初は獣の足跡しかなく、途中までは自転車を押しながら進まなければならない。標高が下って雪が固くなればようやく乗れるようになり、スパイクタイヤの性能を初めてまともに体感する。松原湖駅はベンチと屋根だけの小さな無人駅。ここで電車が来るまで約2時間。なかなか充実した旅だった。

松原湖駅



終わり

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