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●2012年12月30日(雨)

九州最高峰の山は厄介な場所にある。屋久島という観光地のど真ん中で世界遺産ともなれば、当然規制も厳しい。また、冬は豪雪となるため、山間部の林道が頻繁に通行止になるので、事前の計画がしづらい。

今回は、白谷雲水峡〜宮之浦岳〜淀川登山口を結ぶ縦走を考えたが、アプローチを白谷雲水峡か淀川登山口かいずれにするかで迷った。いずれの登山口も林道及び路線バスが延びているが、標高がだいぶ異なる。白谷雲水峡は600m、淀川登山口は1300m。淀川登山口の方が積雪で通行止になることが多く、その場合、何十キロもの林道を自転車を押して歩かねばならぬため、白谷雲水峡を起点に縦走することにした。

大阪から屋久島へ直行の飛行機に乗る。空港へ行って最初は目の錯覚かと思ったが、やたらと小さい飛行機だ。中へ入って更に驚いたが、幅が3メートルほどしかない。窓から機体の一部を見ると、なんかハリボテみたいで本当に空を飛べるのかと疑いたくなる。そんな不安をよそに、2時間弱で屋久島空港に到着。悪天候のため、予定より20分程遅れての到着となった。とても空港とは思えないほど閑散としていた。

屋久島は風雨が強かった。最初は自転車で登山口まで行くつもりだったが、雨なのでバスを利用することにした。宮之浦港から白谷雲水峡へ向かうバスへ乗ったが、他に乗客は誰もいなかった。バス停を降りると登山の恰好をした人たちが数名いるので安心していたら、どうも違うようだ。皆、ガイドに連れられて、その辺の散策路を周回するだけのようだ。登山口にはあずまやと管理棟があって番人がいる。少しいやな予感がした。

自分はあずまやで自転車を組み立てて(左写真)、管理棟の番人に協力金(300円)を支払うと、なんと雨による増水で弥生杉コース以外は通れないとの説明を受けた。ということは、宿泊予定である白谷小屋まで辿り着けないということになる。

雨といっても左写真を見ても分かるように、大氾濫を起こしているわけではない。

しかし相手は、屋久島レクリエーションの森保護管理協議会(長い)の係員ということで、融通のきく相手ではなさそうだ。仕方なく、「では弥生杉コースを行ってきます」と言って自転車と共に管理棟の前を通過しようとすると、案の定、猛烈な勢いで止められた。

結局、自転車を管理棟に預けたまま、先へ進むことになった。


弥生杉コースは整備された歩道とはいえ、雨の中の急坂で顔から汗が滴り落ち、ずっと下を向いて歩いていたので周りの景観を堪能するどころではなかった。たまに遭遇するガイド連れの観光客の恰好をみてみると、雨具は身につけているもののフードは被らず傘をさしている。なるほど、と思ったが自分は傘など持参してないのでどうしようもない。弥生杉までやってきたが、立ち止まることなく一瞥しただけで先を進む。

やがてさつき吊橋を渡ったところで歩道にロープが張ってあり、この先雨による増水のため渡渉不可と書いてあったが(下写真左)、どの程度まで増水しているのか自分の目で確かめてみたいと思ったので、さらに先へと進んだ。決して係員の忠告を無視したわけでなく、進退について自分で判断できなければ納得いかなかったためである。そして問題の渡渉地点まで来たが、以前より流れが引いてきたためか全く大したものではなく(下写真右)、ここで引き返すのは馬鹿らしくなったため、また、引き返したところで本日宿泊する場所も決まっていないので、これを渡って白谷小屋まで行くことにした。

       



足元を濡らすことなく普通に沢を渡り切ると、やがて白谷小屋へ着いた。小屋はコンクリートブロック造で、中は薄暗く誰もいない様子である。内部にトイレが併設してあり、その臭いがほのかに充満している。時刻はまだ三時過ぎだが、小屋の中は暗すぎてライトがなければ何も見えない。今日はここで泊ることにした。

しかし誰もいないというのは意外である。自転車を置き去りにした今、さて明日以降の行動はどうしようかと地図を広げながら考える。自転車がないので、どのみち縦走は諦めなければならない。かといって、白谷小屋から宮之浦岳往復は縦走以上に長い道のりになり、ここへ再び戻ってくるのに丸三日かかる。今回は登山は諦めてそのまま帰ろうかなという半ば諦めたような気にもなった。


日没後、男性が一人到着。石塚小屋から10時間かけてきたとの事。この強雨の中、10時間も行動するのは尋常ではないと思っていたが、福岡に住む男性で屋久島には50回以上来ているらしい。靴も登山靴ではなく長靴であった。前日に淀川登山口まで知人の車に乗せてもらって入山したが、頂上も雨で積雪はわずかしかなかったということである。これを聞いて、今晩から明日にかけて雪さえ降らなければ、自分も明日、反対側の登山口である淀川登山口から登ろうと決心した。男性の情報によると、白谷雲水峡のように見張りの管理人もいないらしいので、自転車と共に山頂に到達するには唯一の手段となる(さっき管理棟でお説教されたばかりなのに、我ながら諦めが悪い)。ただし、予報では今日から明日にかけて雪の確率が高く、淀川登山口までの林道が通行止めとなる危険性も高い。そうなれば、登山自体を断念して帰らなければならないが、ここは一発賭けに出ることにした。



●2012年12月31日(雨)

牢屋みたいな避難小屋で一夜を明かす。空が明るくなってから準備をし、出発すると7時をかなり廻っていた。外は昨日から夜通し降り続いている雨がミゾレに変わっていて、うっすらと1pほどの積雪があった。この日も強い冬型の天気となり、いよいよ淀川方面が通行止めになる可能性が高まったが、昨日決心した通り、一旦下山にかかる。雪はしきりに降っているが、増水は昨日よりも収まっていて、さつき吊橋の通行止めも解除されていた。管理棟に停めていた自転車にまたがり、冷たい降雪の中、宮之浦港まで下る。

宮之浦港の案内所でバスの運行状況を尋ねてみると、現在、淀川登山口手前のバス停、紀元杉までの道を調査中だとの事。とりあえず輪行の準備をしていると、ヤクスギランドから案内所へ電話がかかってきて、本日午前10時より、ヤクスギランド〜淀川登山口までの林道が通行止めになったという知らせが入った。積雪及び凍結による通行止めであり、一度通行止めになると少なくとも数日間は解除されないだろうと案内所の女性が言っていた。たまたま案内所にいた一人旅の東京在住男性がヤクスギランドまでなら乗せていってもいいと言ってくれたが、まだ進退を決めかねていたので、とりあえず港と案内所のあるふもとの集落、安房まで載せてもらった。

安房の案内所でもヤクスギランドに連絡を取ってもらったが、通行止め解除の見込みなく、ヤクスギランド以奥の林道は積雪は2p程だが徒歩で通行するのは構わないとの返答をもらった。「車両通行止め」ということであり、自転車についてはダメと言われそうなので流石に聞けなかった。この時点で時刻は11時半であり、ヤクスギランド行のバス(通行止めでなければ紀元杉まで行く予定であった)が来るまではまだ一時間以上あり、ヤクスギランドから淀川小屋まで3時間かかることを考えると、バスで行くのでは日没に間に合いそうにない。案内所でタクシーを手配してもらうことにした。

タクシーは5分でやってきて自転車を積み、安房から40分ほどでヤクスギランドに着いた(3600円と安かった)。ヤクスギランドには立派な管理棟があり、大勢の観光客がいた。なるべく管理棟から自転車を積み降ろしている姿が見えないよう奥の方で停車するように指示。通行止めのゲートが閉まっていたが、その脇が人が通れる分だけ開いているのでそこから入った。

林道の積雪は2pほどで、最初は車の轍の上を乗車して進んでいたが、やがて雪の上を押して歩くようになる。奥へ行けばいくほど空は暗くなり、雪が激しく降るようになる。

途中で紀元杉、川上杉(右写真)という樹齢二千年の大木を見ながら、7kmあまり雪道を歩いてようやく淀川登山口に着いた。

淀川登山口には乗用車が2台、自転車が1台駐車してあった。どうも、自転車に対する通行規制はそれほどでもなかった様子で、少しばかり用心しすぎたかも知れない。



登山口から40分、スパッツを着用して雪の登山道を行き、予定よりかなり早く、2時半頃に淀川小屋に、今度は自転車と共に到着した。小屋はまたしても誰もいなかったが、夕方になると上の方から降りてきたのか4名ほどがやってきた。昨日からの寒波の影響と、標高1400mという高地にあるため、小屋の中は昨日の白谷小屋と比べてもかなり寒かった。ここで二泊しなければならない。コーヒーを沸かして飲むなどして、寒さに凍えながら過ごした。




●2013年1月1日(曇)

朝起きて出発。日の出に合わせて出発のつもりが少し遅れて7時25分発。

今日は淀川小屋から宮之浦岳の往復なので、自転車以外の不要な荷物を小屋に預けておいた。天気はまあまあ、晴れてはいないものの雨や雪が降っていないだけましだ。30日晩からの降雪により、積雪は小屋付近で20pほどある。アイゼンを装着して出発した。

ここ二、三年、年末年始の雪山はトレースなしに泣かされたが、今回は元旦登頂に合わせて出発を遅らせただけあって、しっかりトレースがついている。ただし、夏場のコースタイムでも往復8時間かかる長丁場であり、戻りは夕方になってしまうため手元の時計で時間を気にしながら登った。

気温はかなり低いようで、樹氷が発達している。上空は厚い雲で、降雪こそなかったがやがて視界に靄がかかるようになった。まだ冬型の天候が続いているのだろう。小花之江河(下写真左)、花之江河(下写真右)という湿原付近では木道が敷かれている。


      

やがて黒味岳との分岐点まで来た。コースタイムではここでおよそ淀川小屋〜宮之浦岳の中間地点にあたり、実際にかかった時間も二時間と少々でコースタイムと大差ない。天候や道の状態さえ変わらなければ、ほぼコースタイム通りで戻ってこれるだろうと予想したが、これは甘い推測であった。

黒味岳分岐からはトラバース道になり、道幅の狭い灌木帯に突入した。足元は岩や木の根が多いので自転車を担がなければいけないが、担ぐと頭上の枝や左右の岩に当たったりしてうまく進めない。灌木、木の根、岩、水たまり…、これらの障害が予想以上に多く、自転車が完全に邪魔物になってしまった。


      



腕の力だけで登らなければいけないような凍ったロープの岩場や、灌木のトンネルをくぐり抜けなければいけないような面倒な箇所が連続する。この辺りでコースタイムから大きく遅れ、疲れもどっと出てきてしまった。この厄介なトラバースが栗生岳手前の鞍部まで続いている。

灌木をくぐり抜けていくと、突然シカが目前に現れた。ヤクシカだ。普通のシカに比べてかなり短足である。ギリギリまで近寄らないと逃げない。屋久島では野生のシカ以外にもサルを見かけたが、やはり人間馴れしているのか悠然と構えていて逃げる様子があまりない。

帰りも同じ場所でシカを目撃したが、1体から3体に増えていた。


さて、栗生岳へかけての登りあたりから息切れしてすこしも連続して登り続けられなくなった。よく考えれば今回に限らず、冬山で気象が荒れている時などは必ずピークの手前100m(標高差)で足が止まってしまう。標高が高いためか、風が強いためか、気温が低いためか、気圧が低いためか、地形が急になるからか、或いはその全てが組み合わさって起きているのか原因が定かでないが、大山、石鎚山、富士山などに登った時も同じ状態であった。最後の宮之浦岳山頂にかけての何でもない登りが、ほとんど10m毎に休み休みでないと登れなくなっていた。


  


12時30分、宮之浦岳山頂に到着。積雪は50p程度。コースタイムから1時間弱遅れて5時間かかった計算になるが、感覚的にはもっと長くかかったように錯覚する。山頂はガスで何も見えないし、とにかく寒い。一時は自転車登頂を断念しかけたが、何とか達成できて安堵する。やはり頂上に到着する寸前までは、いきなり観光協会(?)の係員なる人が現れて自分を下山するように説得するかも知れないという変な不安がつきまとうものだ。頂上からの展望がなくても十分満足だし、一面の樹氷の輝きは悪天候ならではのものだ。

朝、起きてから食欲がなく何も食してなかったので、ここでパンを食べようとしたが、クリームパンと思って買ったパンがクリームではなくマーガリンだったため、一個の半分しか食べられずに下山開始した。足が動かなくなったのも、朝食を抜いたことによるグリコーゲン不足が原因だったのかもしれないが、食欲がなかったのは水分不足であったからであり、水1リットルあれば十分と判断したことに誤りがあったようだ。実際、途中で喉が渇いていても水を飲むのを我慢していた。水をあまり多く運んでも凍ってしまうとただの荷物になるからと、余計な懸念を起こしたせいでもある。


      


 


従って、下りは登りに比べてより一層過酷であった。栗生岳と翁岳の鞍部までは一気に下ってこれたが、そこから先、小花之江河までは下ったり登り返したりの繰り返しである。標高も1700m前後から一向に下がらない。行きと帰りのコースタイムにあまり差がない通り、帰りもそれなりに体力を消耗するコースであった。頂上へ登り切った時点で既に疲労が限界近くまで達していたので、今回のコース設定は自分の能力を若干オーバーしていたことになる。夏場のコースタイム8時間というのは自分には少しきつかった。等高線1本の登り返し(10m)にも息をゼイゼイ切らしながら登った。

そして日の入り時刻が近づき、本来なら焦って時間を気にするところであるが、ペースを上げれるだけの余力もないのでそのままだらだらと歩き、やがて暗くなって道を踏み外しそうになった頃、ようやく淀川小屋へ戻ってこれた。夕方5時を大きくまわっていた。ほとんど休みなしで10時間連続で行動したことになる。結局、持参したピッケルは単なるおもりになってしまった。ピッケルを携行している人もほとんどいなかったような気がする。


     


小屋に着いてからも、充実感に満たされた清々しい疲労などというのは全くなく、激しい苦痛が余韻のように全身に響いた。川の水を沸かして飲んだら食欲が回復し、大量に食事をとってゆっくり休憩をしてから、ようやく落ち着くようになった。二日目の小屋泊まりは、ヤクスギランドから歩いてきたという中高年グループを含めて合計6名程だった。翌日は久々に晴れるとのことで淀川登山口から大勢来てるかと思ったが、林道がまだ通行止めなので長い林道を歩いてまで来る人は少ないようだ。夜中に小屋の外に出てみると、夜空には夥しいほどの星が出ていた。


●2013年1月2日(晴)

朝、ゆっくり起きて最後に小屋を出る。もう既に9時過ぎになっていた。天気は昨日までとは打って変わり晴れているが、今日は下山するだけだ。鋭い日差しに汗をかきながら雪道を戻る。淀川登山口に着いてまもなく、地元の自家用車が一台やってきた。どうやらヤクスギランド〜淀川登山口までの通行止めが解除されたらしく、バスも紀元杉まで運行再開とのことである。

登山口からヤクスギランドを経て、舗装路の林道を一気に下る。林道は紀元杉付近まで一部凍結していたが、そこから先は完全に雪は融けていた。途中から振り返っても標高1500m以下の冠雪のない山々が聳えているだけで、白い峰々は奥深くに潜んでいてついに姿を現さなかった。やがて広大な屋久島の海と安房の町が見えてきた。

安房港にて1時半出発の高速船トッピーに乗り、鹿児島へ渡る。この船の係員はみな無愛想、ロボットみたい。鹿児島中央駅にて一泊3500円朝食付きという格安で綺麗なホテルを見つけて宿泊、翌日新幹線にて帰京。

今回も縦走計画に失敗、バス・タクシーの輪行を多用、天気には恵まれず、体力低下を痛感…と、なかなか渋い結果になってしまったが、宮之浦岳山頂に自転車で到達という第一目標は辛うじて達成できた。(今回GPSログなし。帰りの船〜新幹線の軌跡を記録していたら、古い山のトラックは全部消えてしまった。)



ヤクスギランドにてヤクシカに出会う

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