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黄色は林道、は山道を示す

●2015年10月12日

関西百名山と近畿百名山のどちらにも選定されている額井岳に登ってきた。

関西百名山もこのところ一年一山ペースでしか登れていない。あと40座近く残っているが、我が居住地の京都からは行きにくい所ばかりになってしまった。額井岳を選んだのは、その中でもまだ比較的アクセスしやすそうだからという消極的理由である。

ちなみに額井岳は、別名『大和富士』と呼ばれるそうである。実際に行ってみると…





角度が悪かったせいかもしれないが、そこらにある山と特に変わらない形にしか感じなかった。何にでも○○富士とつけたがるのは止むを得ないにせよ、奈良県ならもっと他に大和富士の名にふさわしい山があるのではないか。せめて、宇陀富士くらいにしておけば良かったのでは。(と思ったら、宇陀富士という別名を持つ山がすでに存在していたようだ。)

近鉄榛原駅にて下車。しばらく車道を登っていって、登山口の神社に到着。他にも登山の準備をしている人がいて驚いた。やはり関西の名山だからか。

登山道は至って普通。というか、何も覚えていない。写真も撮っていないし、取り立てて何もなかったのだろう。


   


山頂は予想通り展望がない。この辺の山で展望があったとしても、無理やり山頂付近の木々を切り倒して展望を作ってるにすぎない。展望がないほうが自然に近い姿なのだ。しかし、なぜか展望台がある。その展望台も朽ちていて今にも崩れそうな状態であり、立入禁止のロープが張られている。休憩するのにちょうど良さげなあずま屋があり、その横に四等三角点があった。

この朽ちた展望台と中高年の団体以外に見るべきものは何もない。菓子パンのみの簡易な昼食を済ませて、さらに東へと縦走開始する。





40分程縦走したら、次の山(戒場山)に辿り着いた。こちらは三等三角点である。食事をしている男性が一人いた。静かな山頂だ。

ここから一旦下山して、少し離れた「山部赤人の墓」と地形図に示されている場所に行ってみることにした。山渓のガイドブック通りのコースであり、実際に額井岳とセットで訪れる人が多いようだ。





車道から少し山道を入ったところに石塔が建っていて、その前に立っていた看板にはこう記されている。

『「万葉集」に数多くの秀歌を遺した歌人、山辺赤人の墓地と伝承されている。ここにいつの頃にか立てられた五輪の石塔、いかにも古そうに風化している。伝承そのままが真実であるか詳らかではないが、ここ大和富士の南斜面に人家の散在する文字通りの山辺の村に、山辺本人が葬られていると、古くから村人は信じて疑わない』

まるで村全体が洗脳されて村人が戯言を述べているかのようだが、そこまで書くなら標題も「(仮)山辺赤人の墓」とする方が正確だろう。「山部」ではなく「山辺」だから問題ないのか。山辺というここの地名になぞらえてできた伝承のようなので、確証性は薄いとみられている。

この墓から奥は区間は短いが未舗装の山道になっていて、MTBで快調に飛ばしていたら木の葉に埋もれた障害物に引っ掛かって派手に転んでしまった。MTBといっても山道はほとんど押しているだけなので滅多に転ぶことなどはなかったが(数年に一度くらい)、自転車で転ぶと本当に痛いものだ。まあ、それなりにスピードが出ているから当然だ。

テンションが一気に下がった状態で榛原駅へ。駅に着いてもまだ、転んだ時の手足の痛みが残っていた。

おわり

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