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●2012年4月15日

この山は一度敗退している(敗退記はこちら)。その後、湖北の雪山を登る度に遠く白く輝く姿が印象的であり、かといって容易に近寄れる山でもなく一種の憧憬として眺めるに過ぎなかったが、気がつけばあれからもう三年になる。

残雪期に行くことはかねてから決めていたが、問題はどこから登るかということである。夜叉ヶ池へ向かう登山道は、この時期はまだ大量の雪に埋もれていて使えないし、谷へ滑落する死亡事故も起きており大変危険である。結局、福井県側の夜叉ヶ池登山口から夜叉ヶ池山に延びる薮尾根を登ることにした。

今庄の川端屋旅館に前夜泊し、朝4時半に出発する。広野ダムに来ると一台の車が停まっていて、10名位の登山グループが便所横で食事をしていた。これから笹ヶ峰に登ると言っていたので方向は全く別になる。自分は、立入禁止の鎖を乗り超えて奥へ延びる林道を走って行った。予想外に雪は少なく、林道終点の夜叉龍神社まで残雪はほぼ無い状態だった。

左写真は登山口の夜叉龍神社。岐阜側にも同名の神社がある。ここでアイゼンを装着した。スノーシューも持参していたが、結局この日使うことはなかった。

鳥居の向こうの橋を渡って左に折れ、川沿いの登山道をしばらく進む。雪の重みで大枝が登山道をふさぐように水平に倒れこみ、予想外の障害となって行く手を阻む。やがて夏道が雪ですっぽりと覆われるようになり、これ以上進もうとすると左手の川にずり落ちそうになるので、適当に右手の斜面に取り付くことにする。

しばらくは残雪の多い部分を選んで斜面を登っていったが、やがて近くの尾根に乗り上げる。尾根上は雪がなく、当然登山道ではないため濃密な藪である。しかもかなりの急斜面ですぐに息が切れるし、しなる枝に顔面ビンタされて涙目になりながら登っていく。

標高700m位でようやく断続して残雪が現れるようになるが、相変わらずの急登が続く。こんな急勾配でもキックステップで足場を刻みながら何とか登っていけるが、帰りの下りの時のことを考えるととても無理な気がして、一歩一歩前に進むたびに不安になる。


ところが標高1000m付近で緩やかな尾根になってくると、左手に三周ヶ岳、右手にはこれから登る三国岳〜上谷山の見事な展望が開けていて(下写真)、そのような不安を忘れさせてくれる。さらに前に進もうという気になるから不思議なものだ。



標高1100m位で尾根形が不明瞭になり、ここで左斜面をトラバースすれば夜叉ヶ池の方へ行くのだろうが今回は夜叉ヶ池へは向かわず、右手に見えている尾根から夜叉ヶ池山(1212)へ直登する。心臓破りの急登を超えて、ようやく県境尾根(福井・岐阜)となる夜叉ヶ池山へ到達した。


夜叉ヶ池山からの展望は360度で素晴らしく、夏に登った時のただの藪ピークが嘘のようである。

山頂には誰もいない。というか、稜線上に全くトレースはない。

三周ヶ岳の方を見ると、その手前に夜叉ヶ池が見えた(左写真)。まだ完全に雪に覆われて凍っている様子である。その奥右手には能郷白山が見える。

右写真は、夜叉ヶ池山からp1206に続く県境尾根である。痩せ尾根上に雪庇が発達していて、その一部が崩落していて垂直に落ちている。どう見ても、それ以上先は進めそうにない。実際に切れ落ちたところまでやってきて見下ろしてみたが、足がすくんで居てもたってもいられない。一度はここで撤退を決める。

が、時間を見るとまだ9時過ぎだし、ここで撤退するにはあまりにも勿体ないほどの好天。何とか痩せ尾根を通過する方法はないのか…。

崩落部分の高低差は2〜3mくらい。もちろん、ロープもピッケルもないからそのまま自転車を担いで下降できるわけがない。そこで足元の雪を蹴り崩して段を作り、一段ずつ体を前にずらしながら階段状に雪を切り崩していけば、崩落箇所の下部へ降り立つことができた。


その崩落部分を後ろから振り返ったところ。ほとんど垂直の壁となっていて、帰りもここを登攀しなければいけないのかと考えるとげっそりする。

その後の痩せ尾根も、チャリを担いだ状態だと不安定なのでチャリなしでトレースを作ってからチャリを取りに戻るという二度手間をかけて慎重に通過した。

右写真のような大したことのない痩せ尾根の下りでも、他人のトレースを追うだけなのと自分で足跡をつけなければいけないのとでは全く危険度や恐怖感が異なる。先人のトレースというものがいかに有難いものかよく分かった。

痩せ尾根、p1206を過ぎ、三国岳へ延びる緩やかな稜線を悠々と行く。

といきたいところだが、左写真の通り、自転車ごとドボンしてしまう。雪庇の根元にクラックが潜んでいて、腰から胸くらいまで深くはまってしまった。ドボンしないためには、もっと雪庇を避けた所を行かねばならないようだ。

p1206〜三国岳の鞍部の少し手前。3年前、自転車を放り投げてきたところ。

あの時は背丈を超える笹藪がはびこっていたが、この通り残雪期には雪に押し潰されて全く現れていない。


鞍部から三国岳への登り返し。

大した登り返しではないが、ここまででかなり体力を消耗しているのでかなりきつい。

稜線上はヤブが出ているので、このヤブを外して右側の斜面を登って行った。前回はこのヤブの途中で撤退しているが、少し外せば進めたのかもしれない。いずれにせよ、そんな判断ができるような状況ではなかったが…。


そして遂に念願の三国岳の頂上に立つ。とてもこれがあの藪山とは思えないほどの優れたパノラマが広がっている。ただし、頭の中は帰りの心配でいっぱい。

三国岳山頂は三角点ではなく、その南方1キロの滋賀・岐阜県境稜線上に『左千方』という名の三等三角点がある。

三国岳〜左千方の稜線はなだらかで危険なところはなさそうなので、この三角点まで往復することにした。残雪期の状態からは想像できないが、夏はこの稜線上も藪が相当ひどいらしい。

この稜線上で、反対側からやってくる単独行の男性とすれ違った。現在整備段階にある余呉トレイルを使って奥川並〜谷山〜左千方〜三国岳を往復する途中だというので奥川並の林道の状況を聞いてみたが、ところどころ残雪が残っているのみで自転車で通行するには支障ないとのことだった。自分もそのルートを使って滋賀県側へ下りようかとも一瞬考えたが、左千方頂上直下の尾根が濃密な薮の急坂で自転車では困難かも知れないので、素直に来た道を戻ることにした。


左千方山頂にて。左千方は三角点の周りだけ雪が融けていた。

左から、黒壁(1316)、能郷白山(1617)、御嶽(3067)、蕎麦粒山(1297)


ここまでで相当の体力を使い果たしてしまい、既に疲労困憊。おまけに持参した水2リットルでは足りなかったようで、喉の渇きのため食欲もないし朝から菓子パン2個しか食べていない。p1206へのゆるい登り返しですら休み休みでしか進めない。

そして痩せ尾根の通過。時間はすでに1時過ぎで雪の状態は午前中とは全く異なってズブズブになってしまっている。午前中に苦労して通過した崩落箇所の部分(左写真)は、アイゼンが全く効かずになかなか這い上がれなかった。あまりのしんどさに、雪崩に巻き込まれる恐怖はほとんど感じなかった。


夜叉ヶ池山からの直下降は、雪が柔らかくなっていることが幸いして踵のキックステップが良く効いて楽に下降できた。しかし途中で二度ほど、疲労により意識が遠のいたため寝転がって休憩を取った。

夜叉龍神社に戻る直前、最後の川沿いの登山道に合流するところのトラバースで失敗して深みにはまり、自転車ごと脱出しようとする際に二度ほど足を攣った。

広野ダムでは、朝に出くわした登山グループが車で戻ってきた。予定通り、笹ヶ峰を登ってきたということだ。

行動時間11時間で常に心拍が上がりっぱなしという、久々に負荷の高い登山をしたが、体が順応しきれなかった。当然、帰宅後は体調を狂わしてしまい、1週間以上にわたって風邪をひくはめになった。


【広野ダム(5:10)〜夜叉龍神社(5:42/5:47)〜夜叉ヶ池山(9:04)〜p1206(9:48)〜三国岳(10:39/10:47)〜左千方(11:10/11:15)〜三国岳(11:42/11:47)〜p1206(12:45)〜夜叉ヶ池山(13:32)〜夜叉龍神社(15:36/15:48)〜広野ダム(16:07)】

三国岳・左千方GPSログ

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