■岩尾山・笹ヶ岳 MTB          ■自転車旅行記へ

●2009年10月4日

今回は、一旦下山した後に車道を走って移動し、別の山に登るという、初めての形態を試みた。最初の山、岩尾山は山腹の息障寺が登山口になっている。神社には人気がなく、登山口を示すような道標もないので、とりあえず石段を登っていく。300段ほど登りつめた所に屏風岩と呼ばれる5mほどの巨岩に突き当たる。

よく見ると巨岩の左脇に細い踏み跡がある。岩を巻いていくと、そこから先はよく踏まれた道が続く。三角点までいくつか分岐があるが、そのまま上へと進めば間もなく二等三角点のある山頂へ来た。

山頂から別方向にも踏み跡が延びているので辿ってみる。オニグモの巣を何度も払いながら百メートルほどで少し開けた場所に出るが、そこで踏み跡は途切れるので引き返す。この区間、「岡村哲也」と書かれた謎のプラ杭が連続して立っている。巨岩・奇岩の並ぶこの山は甲賀忍者の修練場としてうってつけだったのだろうが、今は登る人があまりいないようだ。目の前の登山道をシカが慌てて横切った以外、下山するまで誰にも会うことはなかった。

その後、三重県との県境を何度か跨いでから、県道50号と国道422号をショートカットする道を選んだ。道はすぐに未舗装に変わり、やがて廃道の様相を呈してくる。立入禁止のロープをくぐり、道をふさぐ倒木をまたいで坂道を登りきると、京大のMUレーダー施設がある所から舗装路になり下りに転じる。

笹ヶ岳の登山口は、東登山道も西登山道も、国道422号からそれを示す大きな看板が目印となる。東登山道の登りは、笹で覆われた道、塹壕のように花崗岩がえぐられた急坂の道など、幅の狭い歩きににくい箇所が続く。半袖のシャツは失敗だったようだ。トゲのある草が多く、腕がひりひりと痛む。

山頂は誰もいない。信楽焼の巨大なタヌキが置かれているのを見て、ここが旧信楽町の最高峰であることに気付く。それにしても、一体どうやって運んだのだろうか。大峰釈迦ヶ岳の釈迦は4分割される継目があったが、この巨大なタヌキは一体成型された焼き物で重量も100キロ以上ありそうだから複数人でも難しい。後で調べると、手漕ぎボートに乗せて地元民数十人がかりで運んだそうである。

山頂のベンチで休憩していると、南側の井戸の方から団体十五名ほどのハイカーが戻ってきたので、その場をゆずって下山する。西登山道は比較的歩きやすい道。乗車率も30%ほどだがある。この山も、山頂での団体を除けば、1人のハイカーに出会っただけであった。

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