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2011年1月16日(雪)

前日から全国的な寒波により都市部でも大雪となり、朽木の奥では一晩で50pの新雪が積もった。いくら整備された道のある山といえども、この条件ではかなり厳しいだろうと予測できた。

強い風雪の中で視界が悪く、徐行運転により電車は10分遅れて安曇川駅に着く。タイヤチェーンを装着した江若バスで朽木市場まで行き、高島市営のマイクロバスに乗り継ぐ。道路には除雪車しか走っておらず、バスの乗客は当然のように自分一人だけであった。こんな日でも通常通りにバスが運行していることに驚く。バスの運転手に、遭難しに行くのかと聞かれた。

南桑原バス停を降りると雪が降りしきっており、除雪された道路を除いて1m以上の積雪があった(左写真)。スノーシューを装着して出発する。

バス停から北方向へ、誰も入っていない林道を壷足で踏みこむが、なかなか登山口が発見できない。うろうろ彷徨っていると、遠くの木の枝に青テープがぶら下がっているのを発見。テープの方へ近寄ってみるが、どうやらこれで間違いなさそうだ。道は雪で完全に覆われているのでよく見ないと道を見落とすが、しばらくは要所要所に青テープがある。

最初は斜度が緩い。やがて道がジグザグになって、少しずつ高度を稼ぐようになる。

ジグザグの道が終わると、今度はトラバース道になる。左写真のような急斜面であるが、道自体はほとんど水平についている(道は雪に隠れてしまっているが、樹木の間隔から道であることが判断できる)。しばらくは雪質が安定していたので、ステップを軽く刻みながら進んでいける。

やがて植生が針葉樹から広葉樹へと変わる。途端に雪が深くなって歩きづらくなり、足元の雪が崩れ落ちて右側へ滑落する危険性が増してきた。その上、樹林の間隔がまばらになってきて、どこが道だか分からなくなってしまった。高度もなかなか上がらないので左手の斜面を這い上がって尾根に取りつこうとしたものの、雪が柔らかすぎて一歩も踏み出せない。仕方なく危険なトラバースを続ける。

峠に近くなってきた頃、ようやく目印のテープを発見、それに伴って道形も現れ始めた。

叫越到着。標柱には「サケビ峠(六五〇)」とある。南桑原から2時間半。コースタイムでは僅か50分ほどである。

少し休憩した後、山頂まで尾根道を往復する。ここは迷うこともなく、40分で正座峰に着いた。風と雪が強いのですぐに引き返す。

再び叫越へ戻り、下山ルートを考える。こんな大雪の中では、下りはトレースのついた往路を引き返すべきであったが、反対側へ下ることを決定してしまう。この判断は誤りであったと後に知ることとなる。

正座峰

雲洞谷方面への下りも、谷筋に沿って登山道がつけられているが、雪が深くてどこにあるかも判然としない。それよりも、近くの尾根を下った方が早いと考えて、谷筋の南側の尾根を重力に任せて下る。(右写真)

ところが尾根の末端までやってくると、どの方向を向いても急に切れ落ちたようになってしまい、行き詰る。腰や胸まで雪に埋もれながら下ってきた尾根なので、引き返すこともできない。ガケの上に取り残されたような気分だ。下を見ると、まばらに生えている木の幹以外に掴まるものがなく、ロープでもなければまともに下れない斜面だが、あいにくロープはない。雪崩を起こしそうなサラサラの雪の上を恐る恐るスノーシューで踏み固め、横向きになりながら下る。

やっと谷に下りてきたと安堵したものの、今回一番危険だったのはこの直後だった。深くV字に切れ込んだ谷を巻くように進まなければならず、左側を見下げると谷はどんどん下方へ離れ、少しでも滑り落ちれば二度と這いあがれないような急斜面のトラバースとなった。おまけに雪は深くてさらさらで、足元の雪が次々と崩れて滑り落ちていく。

斜度が急になり掴まる樹木すらなく、とても安心して前へ進める状態ではなくなった。じっとしていると足元の雪が徐々に崩れてくるので、一度来た道をバックする。自転車があるので、方向を転換するだけでも大変な作業だ。別のルートを探しながら同じ場所を行ったり来たりしてみるものの、全く埒があかず、時間だけが過ぎていく。この調子だと、とても暗くなるまでに山から出られないだろう。何が何でも前に進むしかない。

自転車を両手で投げるように右手の斜面に叩きつけると、車体は雪にすっぽり埋まって左ハンドルだけが雪面から突き出た状態になる。その突き出たハンドルを手がかりにしながら、次の一歩の足場を作る。これの繰り返しで、一歩ずつ前に踏みだして行った。これをやっているうちに疲労が限界まで達し、恐怖心を感じる余裕もなくなってきた。

どの位時間が過ぎただろうか。気がつけば谷からどんどん遠ざかり、ジグザグに下降できるほどまで斜度が緩くなったので、高度を一気に落とす。やがて南からの谷と合流し、勾配も緩やかになった。

ようやく遭難の危機から脱したものの、今度は幾度となく徒渉を繰り返し、体力を消耗する度合いはほとんど変わらなかった。流れをまたいで雪が深く積もっており、どこを跳び渡っていけばいいのか一見して分からない。岩の上に深く積もった雪をあちこち払って足場を見つけてから、自転車をストック代わりに跳び移る。最後は雪の壁を這いあがるようにして対岸に辿り着く。こんなことを7〜8回繰り返した。

地図上の距離からは想像もつかないほど、うんざりするほどの長い沢歩きを終え、ようやく車道に合流かと思った最後のところで、思わぬ関門が待ち構えていた。流れが速くて深い川に長さ5m、幅20p程度の橋(足場板)が架けられており、これを渡らなければならない。それだけなら何ともないのだが、足場板の上に高さ50pほどの雪が乗っかっており、その上面はデコボコで幅も10p程度しかない。

スノーシューを履いた状態ではとても無理なので外す。自転車も一度デポしておき、外したスノーシューを片手にカニ歩きで雪を締め固めながら橋を渡る。足元の雪がどんどん沈むのでバランスをとるのが大変だが、何とか渡りきった。その先はガケの登りとなっていて、やはり自転車を担いだままだと登れそうもないので、予めラッセルしてトレースを作る。車道の近くまで行って荷物を置き、空荷で自転車の所に戻って来た。

次に、自転車だけ担いで橋を渡る。足場板の上にはまだ20p以上の高さの雪が残っており不安定ではあったが、よく踏みしめた後なので大丈夫だろうと思っていた。突然、片足を上げた瞬間にもう片方の足元の雪が沈んでバランスを崩し、川の中へ落ちて腰の上まで浸かった。慌てて元の場所まで這いあがったが、もはや手遅れで、家へ帰るまで足が冷たいのを我慢しなければならなくなった。自転車は橋にひっかかって着水せずに済んだが、回収するのが大変だった。

最後は、道路わきに1mほど降り積もる雪を踏み分けて、車道に出てきた。最初の計画では、ここから安曇川駅まで乗車していくつもりだったが、最寄りのバス停で輪行することを決断。乗車するために、山の中では外していたペダルをはめようとするも、ねじ穴が凍っていてはめられず。ガスストーブで炙ってやればよいのだが雪も降ってるし面倒なので、そのまま押して歩く。結局、マウンテンバイクを運んだにもかかわらず山道どころか車道を乗車することさえなかった。

2キロほど歩けば上村の集落が見え、バス停が現れた。バス停には立派な待合室があり、中には石油ストーブまで備わっていて重宝した。バスが到着する頃には空はずいぶん暗くなっていて、危うく気付かれずに通過されてしまう所だった。帰りのバスの運転手も、まさか乗客がいるとは思っていなかったようで、山の中にいたことを告げると、よく遭難しなかったと感心された。

通常ならば下山まで2時間半で行けてしまう初級者向けハイキングコースを結局のところ、ほぼ休憩なしで7時間かかってしまったが、7時間で済んだだけで幸運だったといえよう。


【南桑原(9:35)〜登山口発見(9:50)〜サケビ越(12:10/12:20)〜正座峰(13:00)〜サケビ越(13:20)〜尾根末端(14:00)〜南からの谷と合流(15:00)〜最後の渡渉(15:45)〜車道へ出る(16:20)〜上村(16:40)】

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