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今年は残雪が多く、予定していた山形県の朝日連峰は中止になった。出発4日前に予約していた山小屋から急に連絡があり、林道の除雪が間に合わずGWには営業できないということと、登山装備をしても登山口まで辿り着くのは難しいと言われたためである。目的地を変更せざるを得なくなったが、
時間に迫られてほとんど思いつきで南アルプスの光岳に行くことに決めた。

最初は、長野県の遠山川上流の易老渡から入り、光岳を登って静岡県の寸又峡へ下山するという計画を立てたが、寸又峡の林道が崩落して全く使えないことが判明したためピストンに変更。易老渡の近くの便ヶ島にある聖光小屋に泊まるつもりで予約の電話をしたが、小屋の主人から「私が風邪気味なので小屋の宿泊はしばらくお断りする」と返事され、ただでさえ重い装備にテントが加わった。

うまくいかない時は何をやってもうまくいかないものだ。

●2012年5月3日

11時35分、JR平岡駅に着く。一昨年聖岳へ行った時と同じく、遠山川沿いの道が崩落して通行できないため、標高1000mある下栗の里へ迂回する。雨が降ったり晴れたりする変な天気だ。

迂回した後は便ヶ島まで易老林道が続く。こちらの林道も、去年の台風12号によって大きく崩落している箇所が複数あるが、幸いにも歩行者が通れるくらいの幅は残っている。また、河岸沿いに車両用の迂回路ができており、車でも便ヶ島まで行ける状態にまで復旧されていた。


途中で光岳の登山口の前を通過するが、初日はテントを張るため便ヶ島まで行く。便ヶ島の聖光小屋まで来てみたが、小屋は鍵がかかっているしテン場にも誰もいない。屋根のある四阿があるのでその下でテントを張っていると、聖光小屋のオヤジが子供と犬を軽トラの荷台に乗せ、テント代500円を徴収しにやって来た。光岳への道のことを聞いたが、「聖岳への道は一応通れるみたいだが、光岳の情報はうちには入ってこないので分からない。でも、ここ数日の雨でトレースはみんな消えているだろう。」と煙草を燻らせながら言っていた。光岳に登る人はみな、光岳登山口にある駐車場に駐車して登るのだろう。

テン場には夕方、60代くらいの三人組が車でやってきて同じ場所にテントを張った。行先を尋ねたがやはり、翌日は聖へ登るとの事だった。


●2012年5月4日

4時半頃起きると結構雨が降っていた。待っていても止みそうにないので5時前に出発。どうせピストンして戻ってくるのだから、テントや使わない装備は便ヶ島へ置き去りにしていくことにした。これだけでも2〜3kgの軽量化にはなる。それでも自転車を含めると25kgほどの重量にはなるが。

光岳の登山口に着くと、近くの駐車場に車が何台か停まっていた。すでに誰か登り始めているのかと期待しながら、登山道へ入る。

まずはジグザグの急登から始まる。道の状態はあまり良くない。冬の間に土砂崩れや倒木があっても、管理している人がいないので山開きまではそのままの状態なのか。道が崩れ落ちているところにはロープが張ってあるが、少し緊張を強いられる所である。

百名山へ上がるメインの道だからもう少し状態がいいのを想像していたが、やはり展望の少ない南アルプス深南部だけあって不人気エリアなのか、と感じる。


標高1200mほどで尾根に乗り上げ、緩急を繰り返しながら展望のない樹林の中を進む。この辺りが全行程中、最も普通の登山道らしい登山道だった。

標高1850mになると倒木帯が現れてくる(右写真)。人間だけなら、倒木をくぐったり乗り越えたりしながら辛うじて進めるだろうが、背中には75リットルのザックがあり、さらに邪魔な自転車という荷物がある。この倒木帯が結構長く続く。

標高1900m位から残雪が現れると思っていたが、まだ現れない。


残雪が現れ出したのは、予想していたよりもずっと後であり、標高2150m位になってようやく登山道が白くなる。それでも残雪の上を自由に歩けるという状態ではなく、狭い樹林帯の中の急坂を行くわけだから、ますます登りにくくなる。聖光小屋のオヤジの言っていた通り、雨によって全てのトレースは掻き消されている。というか、当日のトレースすらないのだから、自分より先を行く者がいないということだ。雪は腐ったザラ目雪で、木の根や倒木の隙間に足を取られながら、この状態で目的地まで辿りつけるのかと心配になる。テントを置いてきたから、途中で幕営するというわけにもいかない。


2254mの三角点ピークを過ぎ、ロープの張られた岩場を通過。雪の積もった尾根を登り切れば(右写真)、易老岳の山頂に着いた。標識もなければ展望も何もない。この山頂にテントを張っている者がいるかもしれないと思っていたが、誰もいなかった。

易老岳の頂上は標高2354mだから、登山口から1500mの標高差を登ってきたことになる。テントを出発して6時間もかかったから、結構な長丁場だった。易老岳からは先は、小屋まであと150m(登り返しを考慮しても300m)の標高差しかないで、小屋まであともう一息といったところだ。ところが本当に厳しいのはこれからだった。


易老岳を下り始まる。これまでとは違い、全く登山道が隠れて見えなくなる。易老岳から先は南アルプス主稜の県境尾根を行くわけで、ガスがかかってきて視界も悪くなる。尾根形もはっきりしない。ただし、こちらはGPSという心強い武器があるので構わずどんどん進む。


やがて明るく開けた枯木の倒木帯に出てきて、さらに二重山稜となる。左右どちらの尾根を行くのか、それとも間の谷地を行くのか、全く分からない。雪が融けているのに、夏道がどれだか分からない。標識もテープもないのだ。少し迷ったが、どこからでも行けると思い、適当に左の尾根を進む。


続く小ピークが連続する樹林帯の細い尾根も、密にはびこる樹林の間をぬって歩くような夏道しかなく、その道も残雪のため全く識別できない状態だった。薮尾根でテープの類は一切なく、腐った雪でトレースはなく、倒木が多く整備もされていない。まるで地元の薮山を登っているみたいだ。

正しい夏道は尾根から外れて別にあるのではと思ったが、どうやらここを行くしかなさそうだ。特にp2228付近はひどく、コースタイムから大幅に遅れて三吉平に到着した。


ここで一旦県境を離れ、標高差300mもの涸沢の雪渓を一気に登る。なかなかの斜度であるが、去年の同時期に通過した白馬大雪渓に比べれば全然大したことはない。が、もう既に8時間以上連続して行動しており疲労が蓄積している身にはかなり応えるため、ちょっと登っては休むの繰り返しになる。

しかしこの雪渓、帰り道で雪がまだ固いうちなら乗車して一気に下れるかも知れないと考える。白馬大雪渓でも斜度が緩くなってからは結構乗車できたからだ。まあそれは、帰りの楽しみとしてとっておく。


最後、頂上尾根(光岳とイザルガ岳の鞍部)に乗り上げる所で雪渓が二股に分かれたので右側を登って行ったが、左側を選んだ方が楽だったようである(帰り道に気付いた)。

山頂部の尾根は台地状に広くてガスが発生しており、視界がきかずに方向感覚も掴めない。GPSを睨みながら進むが、灌木も多く自由に進むことはできない。相変わらずだが、どこを歩いてもトレースの欠片も見当たらず、ちょっとした遭難気分を味わう。

そんな中、偶然にも霧に浮かんだ小屋のシルエットを発見する(左写真、少し分かりにくいが中央部)。地形図に示された位置よりも100mほど西側であるが、ほとんど迷うことなく発見できたのはラッキーだった。もしGPSがなければ、こんな天気では永遠に辿り着かなかっただろう。


行動時間10時間でようやく小屋に着いた。1階の出入口は閉ざされていて、2階へ登る階段から出入りする。小屋の中は右写真の通り大変きれいな状態で、二重扉と二重窓になっていて断熱性も十分である。無人小屋として使用するには贅沢すぎる位だ。

この日の小屋泊まりは結局自分だけかと思っていると、5時前あたりから続々と後続がやってきて賑やかになった。自分を除いて5組11名だ。それでも8時位になると皆、寝静まった。体じゅう筋肉痛だが、なぜか腹筋が特に痛かった。


【便ヶ島(4:50)〜光岳登山口(5:00)〜p1328(6:38)〜面平(7:18)〜易老岳三角点(10:13)〜易老岳(10:50)〜三吉ガレ(11:20)〜p2228(12:05)〜三吉平(12:35)〜光小屋(14:42)】


●2012年5月5日

夜間は雨も降って強風も吹いていたが、翌朝は久しぶりに天気が回復した。4時半頃起床、5時過ぎに荷物をまとめて小屋を出る。

小屋から山頂までは標高差は100mもなく、距離も僅かである。しかし依然として樹林帯の中の狭い不明瞭な道を辿らなければならず、早朝だけに雪は固くしまってはいるものの油断すると腰まではまるし、半ばヤケクソになって突き進む。

ようやく辿り着いた光岳山頂も、ダケカンバとハイマツに覆われてほとんど藪の中である。百名山では恵那山に匹敵する地味な山頂か。山の奥深さと手つかずの原生林が玄人好みしそうではあるが、一般受けはしないであろう。そんな中、登ってきた方向を振り返れば、兎〜聖〜上河内〜茶臼と連なる山々が見渡せる。帰りは別のルートからやってきたグループのトレースを追って楽に下る。


小屋を過ぎると、下山道には立派なトレースができている。しかしよく見ると、一緒に自転車のタイヤの跡もついており、昨日自分が迷いながらもGPS頼りにふらふらとつけてきた足跡がそのまま使われていたようだ。

その下山のトレースから離れ、イザルガ岳に向かおうとした時、強い突風が吹いてバランスを崩した。その時、勢いよくプシューという空気の漏れる音が鳴り響く。慌てて足元を見ると、アイゼンの前爪で自転車の前輪を踏んでしまっており、タイヤがぺしゃんこになってしまっていた。昔、大山でも同じことをやった。早速パンク修理にかかろうとするが、よく考えればパンク修理セットはテントの中に置いてきてしまっている。ということは、下山するまでの標高差1800mをパンクした状態で下らなければならないという事態になった。ああ愕然…。


気を取り直してイザルガ岳の方へ進む。光岳とは違い、樹木はなく山肌は白く雪で覆われている。

イザルガ岳山頂。遠くから見た姿と違い、てっぺんは広大な砂ザレ帯になっていて、強風によって雪は全て吹き飛ばされている。山頂には誰もいない。360度の展望が広がるが、パンクのこともあり満喫する余裕はなし。富士山も見えたはずだが全く気付かなかった。逆光のせいかもしれない。


そして楽しく乗車できたであろうはずの雪渓を空しく押して下る。パンクのせいで前輪がズルズルに滑りやがるので大変だ。

三吉平から易老岳にかけての尾根も、トレースのおかげでずいぶん通過しやすくなっている。しかしやはり、残雪期に来るような道ではないという感じだ。


右写真は、イザルガ岳(左)と光岳(右)を振り返ったところ。


易老岳のピークを過ぎ、その後の厄介な倒木帯も越え、ようやくあとは楽な下りのみになったと思ったころに、今度は自転車に取り付けてあるGPSの台座が破壊してしまった(右写真:折れた先っぽの部分を上に乗せている)。ガーミン社には、もう少し強度上折れにくいデザインを採用して欲しいものだ…。

しかし下りは速いもので、イザルガ岳から下り始めて5時間余りで登山口まで戻ってきた。ほぼ半分の時間である。

そこからテントを回収しに行くため、再び便ヶ島までの林道を自転車を押していると、突然、前方に犬が現れて牙をむき出しにして吠えてくるではないか。しまった、逃げる術もない!しかし、よく見ると聖光小屋の犬である。


便ヶ島のテン場まで戻ってパンク修理をしていると犬がやってくるので、余った食料(あんぱんとカロリーメイト6本)を与えてやったらみるみるうちに平らげた(右図)。途中で聖岳へ行っていた別の男性が返ってくると、そちらの方へ走り寄って行った。どうやら足りなかったらしい。

一時間後、無事パンクの修理を終えたので平岡駅に向けて走る。北又渡から下栗の里までの舗装路の登りは、乗車する体力が残っていなくて(強い日射にもやられたようだ)自転車を押して歩いた。

ついでに国道152号の途中で再びパンク。修理した所が不完全で再び空気が漏れ、国道の途中でもう一度パンク修理。平岡駅に着いたら夕方の4時半。もう電車に乗る気力もないので駅舎に併設されている旅館に宿泊する。

翌日、特急と新幹線を乗り継いで帰宅。GW最終日にもかかわらず自由席に空席が多く残っていて、ゆったり座ることができた。というわけで雪山のガイドブックにも紹介されない光岳であったが、展望も含めて残雪期には不向きであり、あまり雪山を楽しんだという満足感は得られなかった。雨天が続いた後というのがより条件を悪くしたのかもしれない。天気次第だが、来年のGWこそは朝日連峰の縦走を達成したいものだ。


【光小屋(5:15)〜光岳(5:40/5:45)〜イザルガ岳(6:25)〜三吉平(6:50)〜易老岳(8:40)〜p1328(10:50)〜光岳登山口(11:50)〜便ヶ島(12:25/13:18)〜北又渡(13:47)〜R152上島(15:10)〜平岡駅(16:27)】

光岳GPSログ

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