■剱岳 MTB          ■自転車旅行記へ

初めての北アルプスは、自転車では一番不可能に近いであろう剱岳。標高は2999mと3000m級に僅か1m及ばないが、国内の一般登山道では最も困難で危険な山として知られ、剱岳自転車登頂は前々から思案していた大目標の一つだ。今回、思ったほど連休が取れなかったのと悪天候により縦走プランは中止。ただし最もポピュラーな室堂からのルートではなく、北アルプス3大急登の一つに数えられる早月尾根(登山口からの標高差が2240mもある)を頂上までピストンするという、充分すぎる位ハードなルートを3日+予備日1日で計画した。

●2008年8月14日
電鉄上市駅に11時到着。まだ曇り空だったが、天気予報では連日の雨なのでいつ降り出してもおかしくない。初日は過酷なスケジュールだ。自転車で標高差800mの坂道を走って登山口の馬場島に着いたのは午後1時過ぎ。この後、登山道で標高差1450mを担ぎ、しかも暗くなるまでに山小屋に辿り着かねばならない。馬場島荘で休憩していると、突然の大雨で止む気配がない。ここで一泊するか悩んだが、危険があればいつでも引き返そうという覚悟で午後1時45分に出発。翌日以降も悪天候の可能性が高いので、ここで予備日を使いたくなかった。

雷雨が突然激しくなり、登山道に濁流が押し寄せてきた。合羽を着てなかったけれど、着ていてもおそらくずぶ濡れだろうし意味がない。標高1100mを超えてからは、片手で自転車を担ぎ片手で岩を掴んでよじ登る急坂の連続。ただ早く小屋に辿り着くことだけを考え、休憩もせずに無心で登る。やがて標高も高くなり体温も奪われて寒くなってきたが、合羽を着る時間も惜しいのでそのまま進んだ。落雷の音が絶えず心臓に響く。マレー戦の銀輪部隊じゃあるまいし、何でこんなことをしなければならないのかと疑問に思う。全く生きた心地がしない。結局、雷雨は止むことなく、誰に出くわすこともなく6時過ぎに標高2200mの山小屋に到着。事前に連絡はしてあったけれど、非常識だと注意を受ける。まあ、当然だ。小屋の宿泊者は20名にも満たない。21時消灯だったが、0時過ぎまで筋肉痛で寝られず。

【自転車 2時間 + 登山・上り 4時間30分 (コースタイムCT=4時間40分)】

標高900m付近の登山道 標高1,900m付近の登山道

●2008年8月15日
4時起床。相変わらず天気が悪く、雨が降っている。全員が出発するのを見計らっていたのだが、何と殆どの登山者が登頂を諦め下山していく。この日も孤独な登山となることが決定。5時40分、自転車をザックの後ろに背負って出発。雨は降ったり止んだり。

6時半、標高2400m。蚊やブヨにまとわりつかれ、刺されるだけでなく目や耳や口に入ったりする。ときどき風通しの良い場所に出てきて肌寒く感じる。

7時半、標高2600m。道はいよいよ険しくなる。標高20m毎に休憩したくなる。休憩中、オコジョがこちらへ近寄ってくる。警戒心が全くないようだ。

ロープを伝って登る岩場 悪天候で視界不良

9時、標高2800m。いつしか森林限界に達し、静寂に包まれる。視界は霧に巻かれているが、天を切り裂くようにそそりたつ岩尾根の姿が朧げに浮かんでいる。残り200mだが、ここから危険なクサリ場の連続。でも思ったほど恐怖心はない。足元も雨で濡れてはいるが、正常にグリップするので滑落の心配はないようだ。

どの辺りからカニのタテバイ(ヨコバイ)が始まっていたのかは不明。完全に足が岩を離れ、腕の力だけで鎖にぶら下がりながら登る場面も一、二度あったが、頑丈な鎖のおかげで安心して先に進むことができた。ただ、油断をすると背中の自転車をあちこちの岩壁にぶつけることになる。

クサリ場の出現 垂直のクサリ場から下を見下ろす

やがて、二足歩行で進めるようになってからも、更に本格的なクサリ場が始まるものと覚悟していたが、目の前に山頂の祠らしきものが見えてきた。いつの間にか、タテバイ(ヨコバイ)は終了していたようだ。もっと垂直な壁をイメージしていたのだが、視界が悪かったおかげで、それほど高度感を感じずにここまで来たみたいだ。

10時15分、ついに念願の剱岳自転車登頂達成!山頂には、おそらく剱沢方面から登ってきたであろう登山者が全部で20名ほど。そのほとんどが団体のツアー客で、自分は組み立てた自転車を担いで山頂に現れたので、たちまち注目を浴びて取り囲まれてしまった。そして一緒に記念撮影をしたりした後、嵐のように過ぎ去って人がいなくなった。

幸か不幸か、悪天候のお陰で渋滞に見舞われずに済んだ。こんなお盆の時期だと、天気が良ければ山頂付近で大渋滞を起こすそうだ。そうなれば山頂で悠長に自転車を組み立てて記念撮影などしていられない。視界はガスってて殆ど無かったが、雨は完全に止んでいたので山頂でゆっくり30分以上休憩できた。

剱岳山頂 下りも慎重に

10時50分、下山開始。タテバイかヨコバイか分からないが、上りと同じルートを下る。下りは上り以上に注意を要する。足を掛ける場所を探りながら下りる場面も多く、時間もかかる。自転車さえ無ければ普通に二本足で下れるところも、背中の自転車が地面にぶつかったり重心が不安定だったりするために、体を後ろ向きにして両手両足で這っていかなければならないところが殆どだ。

クサリ場を過ぎてからも状況は同じ。一歩一歩着実に歩を進めているのだが、上りに比べて一向に進まず、3時までに小屋に戻るつもりだったので焦りはじめる。

標高2600mで、背負っていた自転車を組み立てて担ぎに転向。しかし、垂直に近い急坂がまだまだ続き、結局時間をロスしてしまう。逆に、標高2400m以下になれば、明らかに背負うよりも担いだ方が早いと実感できる。小屋に戻ってこれたのは夕方4時。何と下りはコースタイムの倍以上かかり、上りよりも時間がかかってしまった。この日の平均時速を計算してみると、0.59km/h。遅さの絶対値で言えばツール・ド・フランス並だ。この日も筋肉痛のため、寝たのは夜10時だった。

【登山・上り 4時間35分 (CT=3時間30分) + 登山・下り 5時間10分 (CT=2時間30分)】

垂直の移動 横方向の移動

●2008年8月16日
富山県東部南域に大雨洪水警報発令の中、午前3時に豪雨で目が覚める。そこから再び就寝することができず、叩き付ける雨音を聞きながら朝まで過ごす。雨は5時頃まで降り続けた。この日の天気も停滞前線が南下するということだったので、ペットボトル1本分の水のみ購入。6時15分、体中の筋肉痛が取れない状態で小屋を発つ。

この日の下りも予想外に体力を消耗した。上りでは自転車を右肩に担いだまま登った坂も、足元が見えない下りでは同様にいかない。自転車を担ぐというよりは、引きずり回すと言ったほうが適切だ。蚊とブヨの数も凄い。

そして7時過ぎ、また予想が外れて空が晴れだす。標高も低くなるので一気に蒸し暑くなる。持参していた水は僅か500ml。標高2200mの山小屋から標高760mの登山口までは水場は一切無い。その上、足の裏、肩、体中の関節の痛みが増し、まるでジャングルを彷徨う負傷兵のような状態。

標高1050mから下は、やっと普通の登山道に。一部、乗車できるところもある。11時30分、倒れ込むように馬場島荘へ。昼食、風呂を利用した後、滑川駅まで川沿いの道路を自転車で下っていった。駅では1時間も電車を待ち、大雨の影響で更に車内で1時間半も発進しないまま待たされ、へとへとになり京都に帰る。まさに天気に振り回された3日間だった。

【登山・下り 5時間15分 (CT=3時間10分) + 自転車1時間半】

早月小屋 滑りやすい下山道が続く

●追記
後から聞いた話によると、早月尾根コースでは、カニのタテバイやヨコバイは通過しなくても山頂に辿り着けるらしい(やっぱり・・・)。

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