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●2012年8月11日

週間天気予報により12日から天気が崩れることは分かっていたが、仕事の都合上、日をずらすことはできなくなっていた。雨といっても予備日が1日あれば十分だろうし、行動中はともかく、小屋の宿泊者が少ない方が寝るには快適だろう、などと都合のいいように考え、11日、中央アルプス越百岳〜木曽駒ヶ岳を縦走すべく青春18きっぷで木曽の須原駅まで輪行する。駅を下りて5分の『民宿いとせ』に宿泊する。宿に到着してしばらくすると、強い雨が降り出した。


●2012年8月12日

4時15分、民宿を出る。雨は降っていなかった。国道沿いのコンビニでパンとおにぎりを買う。伊那川渓谷沿いの林道で標高を上げる。

標高800mすぎからブヨ、アブがたかり始める。ものすごい数だ。ブヨは3mm、アブは1cmくらいの大きさで、どちらもハエに似ている(アブはミツバチにも近い。右写真はブヨ)。絶えず、顔の周りだけで10匹ほど付きまとう。ブヨに皮膚をかじられると、次の日はピン球くらいの大きさに腫れるので必死で追い払う。もっとタチが悪いのがアブで、服の上から刺してくる。それもわざわざ、手の届きにくい背中のザックのわきのところを刺してくる。背中がチクチクする度に手でアブをつまんで捨てるが、数分もしないうちに再び別のアブが背中を刺してくる。

たまらず、途中で合羽を着る。さすがに合羽の上からは刺すことができないようだったが、気付くのが遅かった。汗だくで坂道を登っていたから、合羽を着ようなどとは思いつかなかったからだ。

ふと、右親指に激痛が走る。一瞬だったのでアブなのか蜂なのか分からないが、深く刺されてしまったようだ。毒を出すため自分の口で刺された所を吸い取ったが、舌がピリピリ痺れた。


標高1080m。駐車場があり、その少し先にゲートがある。一般の車が入れるのはこの今朝沢橋までで、そこから先の林道はゲートを超えて行く。ゲートは鍵がかけられているので脇をすり抜けて行く。一般車輌通行禁止の看板と共に、左写真のような注意書きの看板があり、落石によって無残に潰された乗用車の写真が不安をあおる。

が、いざ走ってみると、目立って崩壊しているような所はなく、全く危険ではなかった。

標高1300m。登山口の福栃平で休憩。背中3ヶ所と脚、顔、親指がアブに刺されて少しふくらんでいたので、薬を塗る。薬を持ってきて正解だったが、虫除けスプレーと塗り薬と両方持参すべきであった。


登山道は濡れた笹が茂っている狭い道なので、雨が降っていなくても露で体がべとべとに濡れる。なので、そのまま合羽を着続けた。登山道の途中に「見晴台」と地図に出ている箇所があり、実際は大した見晴らしではなく御嶽の先端が木々の隙間から見えているだけであったが、これが今回の登山における唯一の展望であった。

心配していた雨に降られることなく、道中で誰にも遭遇することなく、目的地の越百小屋に昼前に着いた。そろそろ小屋かと思って歩いていると、突如、『まことちゃんハウス』みたいな目を疑うような派手な建物が木々の間から現れる(右写真)。屋根や壁が一面原色で塗りたくられているだけでなく、外壁やドアにも注意書きが色々とペンキで書かれていた。客はまだ自分一人のようだ。小屋には厚化粧の陽気な年増女性と、楳図かずおと呼ぶには少し気難しそうなオヤジがいて、受付を済ませる。

小屋について休憩していたら、突然めまいが襲って視界が狭くなってきた。どうやらアブの毒が廻ってきたようだ。やがて視界がほとんど真っ白になり、たまらず寝室棟へ。一時間ほど横になって寝ていたら、ましになった。寝ている間に後続の客が到着していて、宿泊は全部で11名(1人+2人+8人)、自分以外は全員60歳以上だ。


小屋で水を買い足そうとすると、水不足のため水は一人一本しか売れないと言う。翌日からの縦走路では水場が全くないため、足りるか心配になった。寝具はシュラフが用意されているが、寝室棟にはウエストポーチ以外持込禁止であり、それ以外の荷物は別棟の休憩所に置かなければならないようだ。楳図が他の客に指示して回っている様子を見ると、どうやらウエストポーチ以外は、例えそれより小さな小袋であっても認められない様子である。

宿泊者全員揃って食事中、いきなり楳図がキレ出した。最初は何故キレているのか分からなかったが、どうやら客の一人が小屋の近くの茂み(登山道?)で排泄行為をしたのを(もしくは排泄物を)楳図が目撃したらしい。8人グループ(東京の山岳会らしい)の中の年長格である自称73歳のオヤジが犯人であり、当の本人は酒を飲み過ぎてベロンベロンに酔っ払っており、全く反省していないどころか水を飲んでいただけだとシラを切っている。何故かグループの他の者が73のオヤジの代わりに楳図から説教されていたが(自分より年上なので直接注意しづらかったのか?)、その間、自分の向かい側に座っていた当の本人は「何か難しい話を横でしとるなあ、わしはこういうのは苦手だ」と他人事のように笑いながらメシを頬張っていた。

【須原駅民宿いとせ(4:30)〜今朝沢橋(6:25)〜福栃平(7:10/7:25)〜下のコル(8:15/8:20)〜越百小屋(11:40)】


●2012年8月13日

この日も4時起床だが、73のオヤジのイビキのせいでほとんど寝られず。起きて気がついたが、右手の親指がパンパンに腫れて関節が曲がらない。昨日アブに刺された所がことごとく腫れて出血している。背中の方は3ヶ所どころではなく十数ヶ所が赤く大きく腫れていて、触ると一面でこぼこしている。薬が効いていないのだろうか。寝ている間に無意識に引っ掻いていたようで出血もしていて痛い。さらに胸の方も数ヶ所刺されていて同じように腫れていた。

まことちゃんハウスを出ると、弱い霧のような雨が降っている。合羽を着て出発するが、狭いハイマツの道を歩き出すと早速露でべとべとになる。しかし、まだこの時は風は弱かった。


やがて中央アルプス主稜線上の越百山に到着すると、夏山では経験したことのない位の強い風が継続して吹き荒れた。まるで台風だ。

濃いガスが風速20m/s程の風に乗って西から東へと水平に吹きつけてくるが、やがて雨が混じるようになる。雨量も徐々に多くなり、空木岳に着く頃には完全に横方向に叩きつけるような雨にまで発達していた。

通常の街中では暴風雨といえども体験しえないような酷さである。昨年同時期のトムラウシ〜大雪山縦走時も大雨を経験したが、今回はそれをはるかに上回っており、気象条件としては想定できる限りの最悪の状態となってしまった。


全く風が弱まらなかったわけではなく、縦走路が尾根の風下側へ廻り込んだ所では無風になるのだが、そういった所はほとんど無かった。そのうちの1ヶ所で簡単な食事をとる以外は休憩できる場所もなく、ただひたすら8時間、暴風雨に晒されながら歩き続けた。縦走路も予想以上に険しく、ハイマツ帯、岩場、クサリ場がかわるがわるに現れる。

ふと、過去の低体温症による遭難事例を思い起こした。夏山でも装備が不完全であったり、気温がもっと低かったりすれば、激しい暴風雨に体温を奪われて凍死に至るケースもある。この長丁場の中で幾度かは、自分は低体温症の一歩手前ではないか?と不安になったりもしたが、幸いにもその兆候は現れなかった。

ただし、体の動きはかなり鈍くなっていて、平地であっても休み休みにしか進めない。どれだけ休んでも、心拍が上がりっ放しで、呼吸を整えるのに大変だった。


越百山〜空木岳の間で出会った縦走者は皆無であり、空木岳〜木曽殿越の間で二人組の若者に出会ったのみだ。特に空木岳からの下り(右写真)は、地図に載っていないような岩場、クサリ場の急降下が連続し、雨風が最もすさまじい時間帯でもあり、疲労も既に限界近くまできているという最悪の条件が重なっていた。それまで横方向に吹いていた雨も、空木岳の下りからは下から吹き上げるようにして顔に当たって視界の邪魔をする。やがて岩と岩の間に濁った雨水が流れて足元をさらに不安定にする。


標高2490mまで下れば、ようやく目的地の木曽殿山荘。空木岳から木曽駒ヶ岳へ至る主稜線上の最低鞍部にあたる木曽殿越にある有人小屋だ。小屋に到達する最後の最後まで暴風雨は弱まらず、空木岳からただ下るだけの道のりが、とてつもなく長く感じた。体力も限界まで消耗している。

小屋泊は全部で15名ほど。通常よりもかなり少ない。多くは、宝剣山荘から縦走してきたようであり、皆、憔悴しきっていた。小屋はきれいで、別棟のバイオトイレも立派。ただし、建物がスパンの大きな軽量鉄骨造であり、風が強い場所に建っているので常に軋んでいる。

就寝中、突然轟音が鳴り響いた。小屋の近くで落雷があったようである。ここから木曽駒ヶ岳へかけての縦走路は、過去に落雷による死者も出ている。天気予報では翌日も相変わらずの悪天候であり、宿泊者全員が翌日は下山する予定だという。そうでなくてもこれ以上の縦走は物理的精神的に不可能と考えて、自分も下山する決心をした。


【越百小屋(5:35)〜越百山(6:40)〜仙涯嶺(8:10)〜南駒ヶ岳(10:00)〜赤梛岳(10:55)〜空木岳(12:10)〜木曽殿山荘(13:40)】


●2012年8月14日


というわけで無念の途中撤退となり、本来の予定であった宝剣岳・木曽駒ヶ岳への縦走はあきらめて、木曽殿越からうさぎ平を経て伊那川ダムへと戻って来る周回コースへとエスケープした。

小屋を出発した時点では雨風も前日同様激しかったが、僅か二百メートルほどで森林限界から樹林帯に突入してほぼ無風になった。そして、登山口であるうさぎ平(右写真)まで下ってきた頃には、いつしか雨も止んでいた。行きの時にアブに大量にさされた伊那川沿いの林道で、今度は大量のヤブ蚊に襲われるはめになった。


正月の剣山、GWの光岳に続き、またしても不完全燃焼となった縦走計画。過去に大雨の中での剱岳やトムラウシを経験していて、今回も夏の悪天候くらいでは問題なく完遂できるとタカを括っていただけに、悔いの残る結果となってしまった。

大桑村の国道沿いまで下りてくると、皮肉にも天気予報に反して青空が広がっており、すっかり夏の日差しに戻っている。中央アルプスの主脈はすでに遠く離れており、国道からは見返せなくなっている。まあでも稜線はまだ強い風に晒されてるに違いない。などという負け惜しみじみた事を思いながら、いつかは宝剣岳の頂上に自転車を立てたいものだと願いつつ木曽路を後にした。


【木曽殿山荘(6:00)〜北沢吊橋(8:35)〜うさぎ平(9:38)】

空木岳GPSログ

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